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伊丹市

「伊丹は平坦」は、半分だけ本当だった

2026.08.28
伊丹市の風景

伊丹市が公表している市の概要に、こんな数字が載っています。面積25.00平方キロメートル、東西7.0キロメートル、南北6.5キロメートル、標高6メートルから45メートル。

最後の一行を、もう一度見てください。標高差が39メートルあります。ビルにすれば十階建てを超える高さです。それが、東西7キロ・南北6.5キロという、自転車なら三十分ほどで端から端まで行ける市域の中に収まっています。

それでも、伊丹という街は「平坦な街」と思われています。実際に住んでいる方でも、そう答える方は多いと思います。自転車で困った記憶がない、坂道の名前が思い浮かばない、遠くの山を見上げることはあっても足元が傾いている実感はない。そのとおりです。日常の移動範囲だけで暮らしていると、この39メートルはほとんど意識に上りません。

ですが、この街の道路の曲がり方も、川の高さも、駅の性格の違いも、水が集まる場所も、元をたどるとこの高低差に行き着きます。この記事では、伊丹市の「いまの姿」を、まず地面の話から書き始めます。人口、二つの駅、空港との距離、病院、酒蔵、そして家を持ち続けるかどうかという話まで。長い記事になりますが、この街に長く住んでこられた方ほど、途中で「ああ、あの坂のことか」と思い当たる箇所があるはずです。

標高六メートルの街と、標高四十五メートルの街が、同じ市にある

最初に、地面の話を済ませておきます。ここを飛ばすと、あとの話がすべて平べったくなるからです。

伊丹市が公表している市の概要によれば、市域の面積は25.00平方キロメートル。東西7.0キロメートル、南北6.5キロメートル。ほぼ正方形に近い形をしています。そして標高は6メートルから45メートルとされています。

39メートルという差を、街の中でどう感じるか。ひとつの目安として、市域の南北はおよそ6.5キロです。仮にその距離で39メートル下がっていくとすれば、平均の勾配は0.6パーセントほどにしかなりません。100メートル進んで60センチ。歩いていて坂と感じる角度ではありません。だから「伊丹は平坦だ」という実感は、間違いではないのです。

問題は、その39メートルが均等に配分されていない点にあります。ゆるやかに下っていく区間があり、逆に、短い距離でまとまって落ちる場所があります。後者が、この街の骨格を決めています。

もう少し広い視野で見ると、伊丹市域のほとんどは「伊丹台地」と呼ばれる高まりの上に乗っています。台地というのは、まわりより一段高く、上面が比較的平らな地形のことです。平らだから台地であり、まわりより高いから台地でもある。「平坦」と「高低差がある」は、この地形の中では矛盾しません。上面は平ら、しかし縁は落ちている。伊丹の身体感覚は、これに尽きます。

台地の規模は、南北約8キロメートル、東西約4キロメートルとされています。伊丹市域よりやや南北に長く、東西には狭い。つまり、市域と台地は完全には一致していません。市の西側や東の縁は、台地から外れた低い土地を含んでいます。

そして、この台地には向きがあります。北端の標高がおよそ50メートル、そこから南へ向かって少しずつ低くなり、南端は尼崎の低地に沈み込んでいきます。南に行くほど低い。伊丹市の標高6メートルという最低値は、この南の端のあたりの数字だと考えると、地図と実感がつながります。

荒牧や鴻池のあたりから、南部の稲野・南野のほうへ移動したときに、なんとなく空の広さが変わったように感じることがあるかもしれません。その感覚には、地形の裏づけがあります。北が高く、南が低い。この街はゆるやかに南へ傾いた板の上にあります。

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猪名川が削った崖の上に、この街は乗っている

台地には、もうひとつ重要な性格があります。傾いているのは、傾いた形で持ち上がったからだということです。

伊丹台地は「傾動隆起」によってできたとされています。土地全体が平らなまま上がったのではなく、片側が強く持ち上がるようにして傾きながら隆起した、という意味です。その結果として何が起きたか。台地の東側に、猪名川の浸食による明瞭な崖ができました。

これが、伊丹という街を理解するうえでいちばん実用的な一文です。西から東へゆるやかに来て、あるところで、はっきりと落ちる。市の東の縁には、そういう線が走っています。

市の東西の境界を画しているのは、猪名川と武庫川です。東が猪名川、西が武庫川。二本の大きな川に挟まれた高まりが伊丹台地であり、その上に市街地が乗っています。そして市街地を実際に貫いて流れているのは、この二本ではありません。天王寺川、天神川といった支流のほうです。大きな川は市の縁を流れ、小さな川が街の真ん中を流れている。この配置は、あとで水の話をするときに効いてきます。

もうひとつ、台地の内部にも構造があります。「昆陽池地溝帯」と呼ばれる断層による窪地です。地溝帯というのは、両側の断層に挟まれて帯状に落ち込んだ地形のことをいいます。台地の上面が一枚の板のように平らなのではなく、その内側に細長い低い帯が入り込んでいる、ということです。

名前のとおり、昆陽池のあたりを含む窪みです。奈良時代に行基がここへため池を築いたと伝えられていますが、水を溜める場所として選ばれたことと、そこがもともと落ち込んだ地形だったことは、おそらく無関係ではありません。水は、低いところに集まります。千三百年前に人がため池を掘った場所は、いまも地形的に水が集まりやすい場所であり続けています。

これは、脅すために書いているのではありません。ただ、ご自宅がどういう地形の上に建っているかは、ハザードマップの色を見る前に知っておいて損のない情報です。台地の上か、崖の下か、地溝帯の中か。同じ「伊丹市」の住所でも、地面の条件はかなり違います。

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川が、線路の上を越えていく

天神川という川があります。市街地を流れる支流のひとつです。この川の話をすると、伊丹の地形が一気に具体的になります。

天神川は宝塚市中山に源を発し、全長は約3.6キロメートルとされています。3.6キロというのは、市域を南北に縦断するにも足りない長さです。小さな川です。

ところが、この川は平野部に出たところで天井川になります。天井川というのは、川底が周囲の地面より高くなってしまった川のことです。上流から運ばれてきた土砂が河床に積もり、それを防ぐために堤防を高くし、また土砂が積もり、また堤防を上げる。それを繰り返すうちに、川そのものが周囲より高いところを流れるようになります。

天神川はJR宝塚線と交差します。川が線路をまたぐ形で、です。電車に乗っているときに、上を水が流れている場所を通っている。そう言われても、ふだんは気づきません。天井川というのは、そういう静かな異常さを持った地形です。

さらに不自然なのは、この川の進路です。天神川は昆陽池公園の北西端で、直角に折れて西へ向かいます。そして天王寺川に合流します。自然に流れてきた川が、ある一点で90度曲がる。地形だけでこうなることは、まずありません。

この不自然な流路については、731年に行基が昆陽池への取水用に開削したという背景が指摘されています。つまり、この曲がりは人の手によるものだという見方です。千三百年前に、池へ水を引くために掘られた線が、いまも市街地の中に残っている。そう読むと、この直角は腑に落ちます。

そして、天井川であるということには現実的な帰結があります。天神川では、1961年と2023年に堤防の決壊による浸水被害が発生しています。60年以上の間隔があいていますが、二度目は最近です。2023年は、多くの方にとって記憶の範囲でしょう。

川底が地面より高いということは、堤防が切れたときに、水が自然に流れ出す方向が「街の側」だということです。低いところに集まるのではなく、高いところから降ってくる。同じ浸水でも、性格が違います。

この街には、大きな川が二本(猪名川と武庫川)、小さな川が数本(天王寺川、天神川など)あります。多くの方が気にしているのはおそらく大きいほうですが、実際に2023年に水が出たのは、全長3.6キロの小さいほうでした。川の大小と、その川が家に及ぼす影響の大小は、必ずしも一致しません。

四百年前の堀の輪郭が、いまの道路の曲がり方に残っている

地面の話をもう一段だけ続けます。今度は、人がつくった線のほうです。

有岡城跡は、1979年12月に国の史跡に指定され、1988年5月に追加指定を受けています。伊丹市の文化財の説明によれば、この城は東西800メートル、南北1,700メートルの範囲を、堀と土塁で囲んだ「惣構(そうがまえ)」を持っていました。惣構というのは、城の中心部だけでなく、侍の住む町も商人の住む町も含めて、丸ごと外周で囲ってしまう防御の形のことです。

東西800メートル、南北1,700メートル。この数字は、感覚的には「駅の周辺一帯」くらいの広がりです。城というより、囲われた街ひとつです。侍町と町屋地区を一体で防御した、と説明されています。

歴史そのものは姉妹編の記事に譲ります。ここで書きたいのは、その囲いが、いまの街のどこに残っているかです。

史跡の指定範囲を見ると、答えが書かれています。指定されているのは、主郭部の一部に加えて、「きしの砦」があったとされる猪名野神社の境内、そして惣構の輪郭線である水路と道路敷きの一部です。

ここが重要です。国の史跡として指定されているものの中に、「水路」と「道路敷き」が入っている。つまり、四百数十年前に掘られた堀の線が、埋められたあとも水路として、あるいは道路として、そのまま形を保っているということです。

伊丹の中心部を歩いていて、「なぜここで道が曲がるのか」「なぜこの区画だけ他と角度が違うのか」と感じたことのある方は多いと思います。碁盤の目でもなければ、放射状でもない。理由のわからない折れ方をする道が、あの一帯にはあります。

その折れ方の一部は、惣構の輪郭です。堀があった場所は、後から建物を建てにくい。だから道になる、水路になる、あるいは細長い空き地として残る。街の形は、地面に一度刻まれた線をなかなか忘れません。

ただし、失われた部分もあります。明治期の鉄道建設によって、主郭部の東半分は失われました。城の中心のうち、東側の半分が線路になっています。四百年残ったものが、鉄道の百数十年で消えた。これも、この街の地面に刻まれた事実です。

そして、焼け残った町屋地区を核にして、この街は酒造で発展していきます。「15ヵ村一続きの伊丹郷町」と呼ばれる姿になりました。城下町が終わって、酒の町が始まる。その切り替わりの上に、いまの阪急伊丹駅周辺の街並みが乗っています。

二つの伊丹駅は、歩いて行き来できるのに、性格がまったく違う

ここから、街の中の差の話に入ります。伊丹市には「伊丹駅」が二つあります。JR伊丹駅と阪急伊丹駅です。この二つは歩いて行き来できる距離にありながら、担っている役割がはっきり分かれています。

まず位置関係です。市の東側を猪名川が流れ、その浸食で台地の東縁に崖ができている、と先に書きました。JR宝塚線はその東寄りを走ります。阪急伊丹線の終点は、そこから西側、旧郷町のあたりにあります。ごく単純に言えば、JR伊丹は段丘の低いほう、阪急伊丹は段丘の高いほうに位置していると読めます。二つの駅の間を歩いたときに感じる、あのわずかな上り下りは、気のせいではないということになります。

次に、駅の性格です。JR伊丹駅にはイオンモール伊丹が直結しています。駅を降りてそのままモールに入れる構造です。これは、伊丹市民のためだけの施設ではありません。JR宝塚線という広域の路線に、大型商業施設が直結している。市外からも人を集める駅です。

一方の阪急伊丹駅は、性格が違います。こちらは阪急伊丹線の終点で、伊丹線は塚口で神戸線に接続する支線です。伊丹線に乗っている人のほとんどは、伊丹に用がある人か、伊丹に住んでいる人です。通過する人がいません。

そして阪急伊丹駅の周辺には、旧郷町があります。酒蔵があり、ことば蔵(市立図書館本館)があり、宮ノ前の一帯があり、猪名野神社があります。この街の文化的な蓄積は、ほぼこちら側に集まっています。

この二極構造は、伊丹という街の暮らしをかなり規定していると思います。大きな買い物はJR側、日々の用事と街歩きは阪急側。そういう使い分けをしている方は多いはずです。そして、どちらを主に使うかで、同じ「伊丹市民」でも生活圏がずいぶん違ってきます。

不動産の観点から言えば、この二つは需要の性質が違います。JR伊丹駅の周辺は、広域からのアクセスと商業の便が価値になります。阪急伊丹駅の周辺は、街の文化的な厚みと、旧郷町という土地の履歴が価値になります。求められている理由が違うので、同じ「駅近」でも意味が違うのです。

阪急伊丹線については、もう少し正直に書いておく必要があります。支線の終点であることは、弱みであり、強みでもあるからです。

この路線は塚口での乗り換えを要する支線です。伊丹から神戸線に出るには、必ず一度乗り換えます。乗り換えがあるという事実は、通勤という観点では明確なコストです。数分の待ち時間と、階段の上り下りと、乗り継ぎのタイミングを毎日気にする負担がかかります。

JR伊丹駅はJR宝塚線の駅で、こちらは乗り換えの構造が違います。JR伊丹と阪急伊丹では、通勤の性格が異なるというのは、この街ではごく普通に共有されている感覚だと思います。どこへ通うかによって、選ぶ駅が変わる。

ただ、支線の終点であることには別の面もあります。通過交通がない、ということです。

本線の途中駅は便利ですが、その駅を目的地としない人も大量に通ります。終点駅にはそれがありません。駅に降りる人は、そこに用のある人だけです。結果として、駅前の商業や街並みは、地元の需要に合わせた形に落ち着きやすくなります。派手にはなりませんが、崩れ方もゆるやかです。

旧郷町という、街として完成度の高い区域が阪急伊丹駅の周辺に残っているのは、この構造と無関係ではないように見えます。通過する人のための街になる圧力が、そもそも弱かった。

もっとも、それは「変わりにくい」ということでもあります。あとで触れますが、阪急伊丹駅のすぐ近くでは、長く街の一部だったホテルが解体されています。変わらない街にも、変わるときは来ます。

空港が近いということは、区域図の中に住むということ

伊丹という地名は、多くの人にとってまず空港の名前です。大阪国際空港、通称「伊丹空港」。この街に住んでいる方にとっては、それは名前の問題ではなく、生活の条件です。

ここは、きれいごとを書かずに、制度として何があるかをそのまま置きます。

空港の周辺には騒音対策区域が設定されています。そのうち第一種区域にあたる住宅について、関西エアポートが住宅防音工事の費用を助成しています。そして、それだけではありません。伊丹市が、その助成でカバーされない自己負担分を、さらに補助する仕組みになっています。

つまり、助成が二階建てになっているということです。空港の運営会社が一階を持ち、市が二階を持つ。この形は、全国どこにでもあるものではありません。空港と市街地がこれだけ近接している街だからこそ成立している制度です。

市の案内によれば、対象となるのは北伊丹、北園、東野などの地区です。地区名が具体的に挙がっているという事実が、この制度の性格をよく表しています。伊丹市全域の話ではありません。線が引かれていて、その内側と外側で、住宅に対して行われることが違います。

手続きには注意点があります。市が明記しているのは、工事に着手する前に「審査結果通知」を受け取っていないと、全額が対象外になるという点です。先に工事をしてから申請することはできません。順番を間違えると、補助はゼロになります。リフォームの計画と同時に進めようとして、この順番でつまずく例は少なくないと思われます。

また、期限があります。令和7年度分の関西エアポートへの申請期限は、2026年10月30日とされています。年度ごとの制度ですから、お考えの方は市と関西エアポートの最新の案内を必ずご確認ください。

そして、騒音対策はハード面だけではありません。2025年3月には、夜間の遅延便に追加料金を課す騒音対策が導入されています。日本経済新聞が報じています。定時に飛べなかった便が夜遅くに着くことに対して、金銭的な負担を求める。運航のルールそのものに手を入れる形の対策です。

この一件が示しているのは、空港との関係が、いまも調整され続けているということです。区域図を引いて、防音工事の補助を出して、それで終わりではありません。夜の何時に飛行機が降りてくるかという、ごく生活に近いところで、いまも制度が動いています。

区域の内と外で、家の価値の測り方が変わる

前の章の続きとして、住宅を持っている方にとっての意味を書きます。ここは正直に整理します。

騒音対策区域の中にある家には、二つの側面があります。

ひとつは、音があるという事実です。これは動かせません。防音工事をしても、窓を開ければ音は入ります。屋外にいるときには対策のしようがありません。買い手がこの点をどう評価するかは、その人が何を優先するかによります。

もうひとつは、防音工事の助成対象であるという事実です。こちらは、区域の外の住宅にはない条件です。関西エアポートの助成があり、その自己負担分に市の補助が乗る。同じ築年数、同じ広さの家でも、区域の内側にあることで使える制度があります。

この二つは、どちらか一方だけを見ても正確になりません。音というマイナスと、制度というプラスが、同じ土地に同時に乗っている。それが伊丹の一部の地区の特殊な条件です。

売却を考えるときに実務的な論点になるのは、その住宅で防音工事が既に行われているかどうか、そしてその記録が残っているかどうかです。過去に工事を受けた家であれば、それは説明できる価値になります。逆に、これから工事を検討している場合は、着手前に審査結果通知を受けるという順番を守らないと制度が使えません。売却のタイミングと工事のタイミングが重なる場合には、この順序が効いてきます。

いずれにせよ、対象区域や助成の条件は年度ごとの制度です。ご自宅が対象かどうかは、必ず市と関西エアポートの最新の案内でご確認ください。この記事の記載は、制度の考え方をつかんでいただくためのものです。

空港まで、市営のバスで二百三十円

空港の話をもう一つ、こちらは純粋に便利な話です。

伊丹市には、市が直営でバスを走らせています。伊丹市交通局です。全国的に見ても、市営バスを自前で持っている自治体は多くありません。しかも伊丹市交通局は、市域を面的にカバーする路線網を持っています。幹線だけをなぞるのではなく、網の目のように市内を走っている。

この網の存在は、車を運転しなくなったあとの生活を考えるときに、かなり大きな意味を持ちます。駅から離れた住宅地でも、バスの系統が通っていれば生活は成り立ちます。逆に言えば、市内で住まいを比較するときに「最寄り駅」だけでなく「バスの系統」も見るのが、この街では実用的です。

空港へのアクセスも、このバスが担っています。市が公表している案内によれば、大阪国際空港までの運賃は230円、駅から約20分。系統も充実していて、JR伊丹発が5系統、阪急伊丹発が6系統、空港発が7系統です。

230円で空港に行ける街は、そう多くありません。旅行に出るときも、遠方の家族が来るときも、この距離感は生活を軽くします。空港が近いことのマイナスは前の章で書きましたが、プラスの側も同じくらいはっきりしています。

車両にも特徴があります。酒蔵や酒樽をあしらった専用車両が走っています。空港に降り立った人が最初に乗る乗り物に、酒の街であることが描かれている。観光施策としてはささやかですが、この街が自分をどう説明したいのかがよく出ています。

支払いについても、Suicaをはじめ10種類以上の交通系ICカードに対応しています。市外から来た人が、そのまま持っているカードで乗れる。空港アクセスを担う路線としては、これは実務的に重要な条件です。

人口は横ばい。増えているのは、世帯の数だけ

ここで、数字の話をします。この街の現在を、いちばん正直に映しているのが人口統計です。

伊丹市が公表している推計人口によれば、2026年8月1日現在の人口は195,163人、世帯数は86,319世帯です。前月と比べると140人の増加でした。

この140人の中身を見ます。自然増減は44人の減少でした。内訳は出生128人、死亡172人。生まれた人より亡くなった人のほうが多い状態です。一方で社会増は184人。転入798人、転出614人です。

つまり、この街の人口は、転入によって支えられています。自然増減はマイナスで、それを社会増が上回ることで、かろうじて増えている。これは伊丹に限った話ではありませんが、数字の構造としてははっきりしています。

もう少し長い期間で見ます。2025年12月1日時点では、人口194,987人、世帯数85,511世帯、1世帯当たり2.28人でした。ここから2026年8月1日までの8か月間で、どう変わったか。

2025年12月1日 2026年8月1日 差
人口 194,987人 195,163人 +176人
世帯数 85,511世帯 86,319世帯 +808世帯

※いずれも伊丹市が公表している推計人口によります。

この表を、少し眺めてみてください。人口は8か月で176人しか増えていないのに、世帯数は808世帯増えています。

人が176人増えて、世帯が808増える。単純に考えれば、増えた世帯の多くは、新しく市外から来た人がつくったものではなく、もともと市内にいた人が別々の世帯になった結果だということになります。同居していた親子が別世帯になる。夫婦のどちらかが亡くなって単身世帯になる。子どもが独立して市内に住む。そうしたことの積み重ねです。

ここからは私たちの解釈です。市の見解ではありません。この数字は、世帯分離と単身化が進んでいる状態として読めます。街の人口は横ばいでも、その中で世帯の粒が細かくなっていく。1世帯当たり2.28人という数字も、そう遠くない将来にもう少し下がっていくのではないかと思われます。

住宅を持っている方にとって、この読み方は無視できません。世帯が細かくなるということは、必要とされる住宅の大きさが変わるということだからです。4人で住むための家を、2.28人の平均世帯規模の街で、誰が買うのか。この問いは、伊丹に限らず、多くの街で同時に起きています。ただ、伊丹の統計はそれをかなり鮮明に見せています。

もうひとつ、この数字が示しているのは、この街は「人が減っている街」ではないということです。減ってはいません。8か月で176人増えています。転入も月に800人近くあります。人の出入りは活発です。街が静かに縮んでいくというより、人の入れ替わりが続きながら、総量が横ばいで推移している。そういう状態です。

市役所が建て替わり、その前に広場ができた

街の見た目が変わった話をします。まず、市役所です。

伊丹市の新庁舎は、2022年11月28日に開庁しました。設計は隈研吾。免震構造を採用し、ZEB Ready認証を取得しています。ZEB Readyというのは、建物のエネルギー消費を大幅に減らした建築に与えられる評価のひとつです。

市役所というのは、その街がいま何にお金と気持ちを使えるかが、いちばん露骨に出る建物です。免震にしたということは、災害時にここが機能し続けることを前提にしたということです。環境性能の認証を取ったということは、この建物を数十年使うつもりだということです。

そして、庁舎の前には広場ができました。「ひろまる」という名前で、2025年3月に開設されています。庁舎の開庁から2年以上あとの開設です。建物が先で、広場があと。順番としては自然ですが、広場を別途つくったという事実自体に意味があります。

役所に用がない人が来る理由を、役所の前につくった、ということだからです。行政手続きは年に数回しか発生しません。しかし広場は、用事がなくても通れます。市役所という建物の使われ方を、手続きの場から街の一部へ広げようとした、と読めます。

実際にどう使われるかは、これから決まっていくのだと思います。開設からまだ日が浅い場所です。

駅直結のモールが三十二店舗を入れ替えた年に、駅前のホテルが消えた

同じ時期に起きた、方向の違う二つの出来事を並べます。どちらも2025年の伊丹です。

ひとつめ。イオンモール伊丹が、2025年3月19日に大規模リニューアルオープンしました。イオンモールの公表によれば、専門店の約2割にあたる32店舗を刷新しています。

2割というのは、商業施設のリニューアルとしては小さくない規模です。何店舗か入れ替えました、という話ではありません。テナント構成の五分の一を作り替えた。JR伊丹駅直結という立地で、これだけの入れ替えを行うということは、集客の対象そのものを見直したということでもあります。

ふたつめ。伊丹シティホテルです。阪急伊丹駅の近くにあったホテルで、2023年3月31日に営業を終了しました。その後、建物はしばらく残っていましたが、2025年11月に解体工事に着手し、2026年10月30日の完了予定とされています。

そして跡地の計画は、現時点では発表されていません。阪急伊丹駅のすぐそばに、まとまった空き地が生まれることになります。何になるかはまだわからない。

この二つを並べると、二つの駅の性格の違いがそのまま表れています。JR伊丹側では、既存の大型施設が中身を入れ替えて更新した。阪急伊丹側では、施設がひとつ消えて、次が決まっていない。

阪急伊丹駅の周辺では、別の動きもあります。駅前の「haconiwa」が、2025年4月22日にリニューアルオープンしています。ホテルが解体される一方で、駅前施設は手が入っている。単純に衰退しているわけではありません。

行政の枠組みとしては、中心市街地活性化基本計画(第3期)があります。2022年3月24日に内閣総理大臣の認定を受け、2023年3月13日に変更認定されました。計画期間は令和4年4月から令和9年3月までです。つまり、いまはこの計画の期間の後半にあたります。

計画期間の後半というのは、成果が問われる時期でもあります。ホテル跡地の行方は、この計画の枠組みの中で議論される可能性が高いと思われますが、現時点で公表されているものはありません。わからないことは、わからないと書いておきます。

新しい病院の開院が、土から出たもので一年以上遅れた

都合の悪い事実を、そのまま置きます。

伊丹市では、市立伊丹病院と近畿中央病院を統合した新病院の整備が進められています。二つの病院をひとつにする、大きな再編です。

この新病院の開院予定が、延期されました。理由は土壌汚染です。西棟の工事エリアで土壌汚染が発見され、土壌汚染対策法に基づく対策工事を実施する必要が生じたためとされています。

延期の幅は小さくありません。当初の開院予定は令和8年度8月でしたが、令和9年度後半へと変更されています。一年以上の遅れです。

土壌汚染は、掘ってみるまでわからないことがあります。事前の調査で予測しきれない場合もあります。ですから、これは誰かの怠慢というより、大規模な建設に伴って起こりうることのひとつです。ただし、結果として、新しい病院を待っていた市民の期待は一年以上先送りされました。

統合には、もう一つの側面があります。二つあった病院が一つになるということは、これまで近畿中央病院に通っていた方の通院先が変わるということです。市はこの点について、近畿中央病院の跡地に、回復期の機能を持つ医療機関を誘致する方針を進めています。

回復期というのは、急性期の治療が終わったあと、退院に向けてリハビリなどを行う段階のことです。統合新病院が高度な急性期を担い、跡地の医療機関が回復期を担う。役割を分ける形の再編だと読めます。

ただ、誘致は「進めている」段階です。開院時期も、事業者も、現時点で確定した情報として公表されているわけではありません。この地域の医療体制は、今後数年かけて形が定まっていく途中にあります。

年齢を重ねてからの住まいを考えるとき、通院先までの距離は大きな要素です。伊丹の場合、その配置がいま動いている最中だということは、押さえておいてよい事実だと思います。

行基の池が、いまは渡り鳥の来る公園になっている

明るい話に戻ります。この街の、いちばん知られた場所です。

昆陽池公園は、面積27.8ヘクタール。内訳は自然池が12.5ヘクタール、貯水池が4.5ヘクタールです。27.8ヘクタールというのは、伊丹市の面積25.00平方キロメートルのおよそ0.1パーセント強にあたります。市域の千分の一を超える面積が、ひとつの公園です。

この池の起源は、奈良時代に行基が築造した農業用のため池です。天神川の直角の流れの話と同じ人物が出てきます。池をつくり、そこへ水を引く川を掘った。千三百年前の土木工事が、いまも同じ場所で機能しています。

公園としての歴史は、それよりずっと新しいものです。1968年に一部が公園化され、1972年から1973年にかけて整備が完了しました。半世紀ほど前です。ため池としての千三百年に対して、公園としては五十数年。

池の中には日本列島の形をした島があります。公園のシンボルとして知られていて、上空から見ると本州から九州、四国までの形が水面に浮かんでいます。この島を知らない伊丹市民はいないと思いますが、外から来た人にはかなり驚かれる意匠です。

そして、この公園は関西有数の渡り鳥の飛来地です。昆虫館も併設されています。池と鳥と虫。子どもを連れて行く場所であると同時に、そうでない人が静かに歩く場所でもあります。

ひとつ、ルールがあります。餌やりは禁止されています。そのかわりに、別に給餌池が設けられています。全面的に禁じるのではなく、場所を分ける形です。鳥の集まりすぎによる衛生上の問題と、鳥を見たいという人の気持ちの、両方に配慮した設計だと読めます。

公園といえば、市の北部には荒牧バラ公園があります。市立みどりのプラザが併設されています。バラの季節には、市外からも人が来ます。

ここでも地域差が出ます。昆陽池は市の中央寄り、荒牧バラ公園は北部です。先に書いたとおり、北へ行くほど台地は高くなります。荒牧のあたりは、市の中でも標高が高い側です。同じ市内でも、公園までの距離と、そこへ行くまでの地面の高さが、住んでいる地区によって違います。

図書館が「公園のような」と名乗る理由

阪急伊丹駅の近く、宮ノ前3丁目7番4号に、「ことば蔵」があります。伊丹市立図書館の本館です。

この施設のコンセプトは、「誰もが気軽に訪れて交流できる公園のような図書館」とされています。図書館が「公園のような」と名乗るのは、それなりに踏み込んだ表現です。図書館は本来、静かに本を読む場所とされてきました。公園は、その反対に近い性格の場所です。

この言葉が単なるキャッチコピーで終わっていない理由は、運営の形にあります。市民が参加する「交流フロア運営会議」が、企画運営を担っています。職員が企画を立てて市民が参加する、という形ではありません。企画そのものを市民が担っています。

この運営の形は、外部からも評価されています。ことば蔵は、Library of the Year 2016で大賞を受賞しています。全国の図書館の中から選ばれる賞です。

ここまで書いてきた伊丹の中で、この施設はやや異質な位置にあります。地形でも、鉄道でも、空港でもなく、人の集まり方そのものを設計しようとした施設だからです。しかも、それが十年近く続いて、全国的な評価を受けている。

五十代、六十代の方にとって、図書館は「子どもを連れて行った場所」の記憶かもしれません。ですが、ことば蔵の性格からすると、これからの十年、二十年のほうが使い道が増える施設のようにも見えます。用事がなくても行ける場所が、駅の近くにあるかどうかは、車を手放したあとの生活でかなり効いてきます。

酒の街であることは、いまも制度として認められている

伊丹と酒の関係は、郷土史の話にとどまりません。現在進行形の制度になっています。

2020年6月19日、日本遺産に「『伊丹諸白』と『灘の生一本』下り酒が生んだ銘醸地、伊丹と灘五郷」が認定されました。伊丹市が代表市となり、神戸市、尼崎市、西宮市、芦屋市と共同で申請したものです。

この認定には、ひとつ特筆すべき点があります。日本酒そのものをテーマにした日本遺産としては、これが初めてでした。酒蔵のある街は全国に数多くありますが、酒という産物を主題に据えた認定は、このときが最初です。そして、その代表市が伊丹でした。

構成文化財には、旧岡田家住宅・酒蔵が含まれています。現存最古の酒蔵とされる建物です。市の中心部にあります。

なぜ伊丹が代表市なのか。その理由は、この街で起きた技術的な出来事にさかのぼります。市の説明によれば、山中鹿介の子である山中新六幸元が、1600年に濁り酒から清酒の醸造に成功し、江戸へ出荷しました。

濁り酒から清酒へ、というのは、日本酒の歴史の中でも大きな転換点です。それが伊丹で起き、そこから江戸への出荷が始まった。「下り酒」という言葉は、上方から江戸へ下っていく酒のことを指しています。

もうひとつ、この新六という人物には後日談があります。山中新六は、鴻池財閥の始祖にあたります。大坂の巨大な商家の出発点が、伊丹の酒づくりにあった、ということです。

そして、酒造は現在も続いています。小西酒造は、2025年に創業475周年を迎えました。創業は1550年です。1550年というのは、有岡城の時代よりも前です。この街の四百七十五年が、ひとつの会社の中に続いている。

実績も出ています。「世界酒蔵ランキング2025」で3年連続の2位、そして6年連続で最高評価の五つ星を得ています。歴史があるだけの蔵ではない、ということです。

街の行事にも、この文化は出ています。「鳴く虫と郷町」は、2025年で第20回を数えました。9月5日から開催されています。旧郷町の一帯で、鈴虫などの声を聞かせ、夜間のライトアップや音楽ライブを伴う秋の行事です。

二十回続いているということは、二十年続いているということです。始めるのは簡単でも、続けるのは難しい。この行事が、阪急伊丹駅側の旧郷町という舞台を持っていることは、先に書いた二つの駅の性格の違いとぴったり重なります。

なお、伊丹の産業は酒だけではありません。三菱電機の伊丹製作所が市内に立地しています。酒蔵と大手電機メーカーの工場が同じ市域にある。この組み合わせが、伊丹という街の経済の幅を示しています。

空き家の制度は用意されている。ただし、年度ごとに変わる

ここから、家の話に近づきます。まず、市が用意している仕組みを見ます。

伊丹市には空き家活用支援事業があります。市内の空き家を購入してリフォームする際に、費用の一部を助成する制度です。

対象となる空き家には条件があります。市の案内では、空き家になっている期間が6か月以上、築20年以上、水回りが10年以上更新されていない、といった要件が挙げられています。つまり、しばらく使われておらず、それなりに古く、設備が更新されていない住宅が対象です。

補助の割合は、購入者の属性によって変わります。

区分 補助率 戸建の上限 共同住宅の上限
若年・子育て世帯 1/2 150万円 100万円
その他の世帯 1/3 100万円 65万円

※伊丹市が公表している空き家活用支援事業の案内によります。制度内容は年度により変わります。

さらに、親元への転入の場合は20万円が加算されます。親の近くに住むために市内へ戻ってくる人を、上乗せで後押しする設計です。

一方で、下限もあります。補助対象経費が100万円未満の場合は、そもそも対象になりません。ちょっとした手直しでは使えない制度です。ある程度まとまったリフォームを前提としています。

そして条件がもう一つ。10年以上、自分で住み続けることが要件です。買って直して貸す、あるいは短期で転売する、という使い方は想定されていません。

この条件の組み合わせから、市が何を狙っているかが読み取れます。古い住宅を、これから長く住む人の手に渡したい。それも、しっかり直したうえで。投資目的ではなく、居住目的の移転を後押しする制度設計です。

ただし、大切なことを書いておきます。この種の制度は、年度によって受付の状況が変わります。予算の枠がありますし、要件が見直されることもあります。実際に使えるかどうかは、必ず伊丹市の最新の案内でご確認ください。この記事に書いたのは、制度の存在と、要件の考え方までです。

制度の背景にある計画についても触れておきます。伊丹市の住生活基本計画は、平成30年度から令和9年度までの10年計画です。そしてこの計画の策定背景には、「高齢化率の上昇と空き家問題の社会化」が明記されています。

行政の計画書が、空き家を「社会化した問題」として書いている。これは率直な認識だと思います。個々の家の事情ではなく、街全体の問題として扱う段階に入っている、ということです。計画期間は令和9年度まで。折り返しを過ぎています。

同じ伊丹市でも、家の条件はここまで違う

ここまでに出てきた要素を、地区の側から並べ直してみます。ご自身の住んでいる場所を探しながら読んでみてください。

市の北部(荒牧、鴻池のあたり)。台地の高い側です。伊丹台地は北端が標高約50メートルとされていますから、市内では地面が高い区域にあたります。荒牧バラ公園と市立みどりのプラザがあります。駅からは距離がありますが、市営バスの路線網が市域を面的にカバーしています。

北伊丹、北園、東野など。騒音対策区域(第一種区域)の対象地区として市が挙げている地区です。住宅防音工事について、関西エアポートの助成と、市による自己負担分の補助という二階建ての仕組みがあります。音というマイナスと、制度というプラスが同じ土地に乗っています。

昆陽のあたり。昆陽池公園があり、その名を冠した「昆陽池地溝帯」という断層による窪地が台地の内部に走っています。行基がここにため池を築いたのは、水が集まる地形だったからでしょう。27.8ヘクタールの公園が近いという価値と、地形としての性格の両方があります。

阪急伊丹駅の周辺、宮ノ前の一帯。旧郷町です。有岡城の惣構の輪郭が水路や道路として残り、猪名野神社があり、旧岡田家住宅・酒蔵があり、ことば蔵があり、「鳴く虫と郷町」の舞台になります。文化的な蓄積がもっとも厚い区域です。一方で、阪急伊丹線は塚口乗り換えを要する支線であり、伊丹シティホテル跡地の計画は未発表です。

JR伊丹駅の周辺。イオンモール伊丹が直結し、2025年3月に専門店の約2割にあたる32店舗を刷新しました。広域から人を集める側の駅です。市営バスの空港系統も5系統が発着します。

天神川・天王寺川の沿線。天神川は平野部で天井川となり、JR宝塚線と交差します。1961年と2023年に堤防決壊による浸水被害が発生しています。川底が周囲より高いという構造は、地図の上では見えません。

市の南部。台地は南へ向かって低くなり、南端は尼崎の低地に沈んでいきます。市が示す標高の下限6メートルは、この側の数字です。

これだけ並べると、「伊丹市の家」という言い方が、いかに大づかみかがわかります。標高が40メートル近く違い、空港の区域図の内と外があり、天井川の近くとそうでない場所があり、支線の駅前と広域路線の駅前がある。同じ市内で、これだけ条件が分かれます。

持ち続けるか、手放すか。この街で材料になるもの

最後に、ここまでの内容が「家を持ち続けるか、手放すか」という判断にどう関わるのかを整理します。答えは出しません。材料を並べるだけです。

ひとつめ。この街の人口は減っていません。ただし、増えているのは世帯の数です。2026年8月1日の推計人口は195,163人。8か月で176人増えました。しかし同じ期間に世帯数は808増えています。世帯分離と単身化が進んでいると読める数字です(これは私たちの解釈であって、市の見解ではありません)。人が住み続ける街ではあるけれど、必要とされる住宅の大きさは、少しずつ変わっていく可能性があります。

ふたつめ。ご自宅がどの地区にあるかで、話がまるで違います。騒音対策区域の内側なら、防音工事の助成という制度上の条件があります。区域の外なら、その条件はありません。台地の上か、天井川の近くか、地溝帯の中か。標高6メートルから45メートルまでの幅がある市域では、「伊丹市の物件」という括りはほとんど意味を持ちません。

みっつめ。二つの駅は、別々の需要を持っています。JR伊丹はイオンモール直結で、広域から人を集めます。阪急伊丹は支線の終点で、旧郷町の文化と生活の密度があります。どちらが優れているという話ではなく、買い手が何を求めて伊丹を見に来るかによって、評価される駅が変わるということです。

よっつめ。街の形が動いている場所があります。伊丹シティホテルの解体は2026年10月30日完了予定で、跡地の計画は未発表です。統合新病院の開院は、土壌汚染対策のため令和9年度後半へ延期されました。近畿中央病院の跡地には回復期の医療機関の誘致が進められています。中心市街地活性化基本計画(第3期)の期間は令和9年3月までです。これから数年のあいだに、この街の中心部と医療の配置は、いまとは違う形になります。

いつつめ。市は空き家を「社会化した問題」と認識しています。住生活基本計画の策定背景に、高齢化率の上昇と並べて書かれています。そして空き家活用支援事業という、購入とリフォームを後押しする制度を持っています。ただし年度ごとの制度ですから、実際の運用は市の最新の案内でご確認いただく必要があります。

これらを踏まえて、私たちがお勧めしたいのは、次の三点です。

ご自宅の地形と区域の条件を、一度確認しておくこと。標高、川との位置関係、騒音対策区域の内か外か。これらは、家の状態とは別に、土地そのものに付いている条件です。ご自身で調べられる範囲でも、かなりのことがわかります。売る・売らないを決める前の、事実確認の作業です。

制度を使うなら、順番を間違えないこと。住宅防音工事の補助は、着手前に審査結果通知を受けていないと全額が対象外になります。空き家活用支援事業にも、対象経費の下限や居住年数の要件があります。制度は「使えるかどうか」より「順番を守れるかどうか」でつまずくことのほうが多いというのが、私たちの実感です。

この街の変化の時期を、頭に入れておくこと。統合新病院の開院、ホテル跡地の行方、中心市街地活性化基本計画の期間満了。これらは、いずれもここ数年のうちに輪郭が見えてきます。いま決めなければならない理由はありませんが、何がいつ動くかを知っておくことは、判断の助けになります。

伊丹という街は、外から見ると「空港の街」で、住んでいる人にとっては「平坦な住宅の街」です。しかし実際には、標高差39メートルの傾いた台地の上にあり、東の縁には猪名川が削った崖があり、街の真ん中を天井川が流れ、四百年前の堀の線が道路として残り、千三百年前のため池が渡り鳥を集めています。そして空港の区域図が、住宅ごとに違う条件を引いています。

良い面と、そうでない面が、同じ場所に並んでいます。人口は横ばいで踏みとどまっているけれど、世帯は細かくなっている。病院は新しくなるけれど、予定より一年以上遅れた。駅前のモールは更新されたけれど、別の駅前ではホテルが消えて跡地が決まっていない。

家を持ち続けるか手放すかは、街の状況だけで決まるものではありません。ご家族の事情、ご自身の年齢、これからの暮らし方。そちらのほうが、はるかに大きな要素です。ただ、街の状況を正確に知っておくことは、その判断の土台になります。決めるのはご本人です。私たちにできるのは、判断の材料を、都合よく加工せずにお渡しすることだと考えています。

よくある質問

伊丹市は平坦な街だと思っていましたが、高低差はあるのですか。

あります。伊丹市が公表している市の概要によれば、市域の標高は6メートルから45メートルです。差にすると39メートルあります。ただし、東西7.0キロメートル・南北6.5キロメートルという広さの中で配分されているため、日常の移動で坂と感じる場面は多くありません。「平坦だ」という実感は間違いではありません。市域の多くは伊丹台地という高まりの上にあり、台地というのは上面が平らでまわりより高い地形です。台地は傾動隆起によってできたため北から南へ低くなり、北端は標高約50メートル、南端は尼崎の低地に沈み込みます。また、傾いて隆起したことで、台地の東側には猪名川の浸食による明瞭な崖ができています。台地の内部にも「昆陽池地溝帯」という断層による窪地があります。

伊丹市の人口は、増えているのですか、減っているのですか。

減ってはいません。伊丹市が公表している推計人口では、2026年8月1日現在で195,163人・86,319世帯、前月比プラス140人です。内訳は自然増減がマイナス44人(出生128人・死亡172人)、社会増がプラス184人(転入798人・転出614人)で、転入によって支えられている構造です。ただし、2025年12月1日の194,987人・85,511世帯と比べると、8か月で人口はプラス176人にとどまる一方、世帯数はプラス808世帯増えています。人口が横ばいで世帯だけが増えるのは、世帯分離と単身化が進んでいるためだと読めます。ただしこれは私たちの解釈であり、市の見解ではありません。なお2025年12月1日時点の1世帯当たり人員は2.28人でした。

空港の騒音対策区域に入っていると、どうなるのですか。

住宅防音工事の費用助成の対象になります。伊丹市の案内によれば、騒音対策区域のうち第一種区域について、関西エアポートが住宅防音工事費を助成し、伊丹市がその自己負担分をさらに補助するという二階建ての仕組みになっています。対象は北伊丹・北園・東野などの地区とされています。注意点は手続きの順番で、工事に着手する前に「審査結果通知」を受けていないと全額が対象外になります。また申請期限があり、令和7年度分の関西エアポートへの申請期限は2026年10月30日とされています。年度ごとの制度ですので、実際に利用される場合は伊丹市と関西エアポートの最新の案内を必ずご確認ください。なお騒音対策はハード面だけではなく、2025年3月には夜間の遅延便に追加料金を課す対策も導入されています。

JR伊丹駅と阪急伊丹駅では、街の様子が違うのですか。

かなり違います。JR伊丹駅にはイオンモール伊丹が直結しており、2025年3月19日に専門店の約2割にあたる32店舗を刷新する大規模リニューアルを行いました。広域から人を集める性格の駅です。一方、阪急伊丹駅は阪急伊丹線の終点で、伊丹線は塚口で乗り換えを要する支線です。通過交通がないぶん、地元の需要に沿った街並みが残りやすい構造といえます。周辺には旧郷町があり、猪名野神社、旧岡田家住宅・酒蔵、市立図書館「ことば蔵」などが集まり、「鳴く虫と郷町」の舞台にもなっています。地形の上では、JR伊丹が台地の低いほう、阪急伊丹が高いほうに位置していると読めます。また阪急伊丹駅の近くでは伊丹シティホテルが2023年3月31日に営業を終了し、2025年11月に解体へ着手、2026年10月30日完了予定で、跡地の計画は現時点で発表されていません。

伊丹市に、空き家や住宅についての支援制度はありますか。

あります。伊丹市には空き家活用支援事業があり、市内の空き家を購入してリフォームする際の費用が助成されます。対象となる空き家の要件として、空き家期間が6か月以上、築20年以上、水回りが10年以上未更新であることなどが挙げられています。補助率は若年・子育て世帯が2分の1(戸建の上限150万円、共同住宅100万円)、その他の世帯が3分の1(同100万円、65万円)です。親元への転入の場合は20万円が加算されます。一方で、補助対象経費が100万円未満の場合は対象外で、10年以上の自己居住が条件です。ただし、この種の制度は年度によって受付状況が変わりますので、実際に利用を検討される場合は必ず伊丹市の最新の案内をご確認ください。制度の背景として、市の住生活基本計画(平成30年度から令和9年度までの10年計画)は、策定背景に「高齢化率の上昇と空き家問題の社会化」を明記しています。

この記事で参照した資料

※本記事は上記の公表資料および報道に基づいて構成しています。裏付けの確認できなかった事項については、あえて記載していません。制度の内容や受付状況は年度により変わりますので、実際のご利用にあたっては市の最新の案内をご確認ください。


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