7,658人減って、世帯は1,142増えた。加古川市で起きていること

2020年から2025年までの5年間で、加古川市の人口は7,658人減りました。国勢調査どうしを比べた数字です。率にすると2.9%。市民のおよそ34人に1人がいなくなった計算になります。
ところが同じ5年間で、世帯数は1,142増えています。減ったのは人で、増えたのは世帯。この二つが同時に起きているということは、家の数のほうは減っていない、ということです。むしろ、住まいの単位としては増えています。
この記事は、加古川市の「いまの姿」を、都合の良いところだけ拾わずに書いたものです。人口と世帯のねじれ、持ち家の4戸に1戸が旧耐震という住宅ストックの現実、市内に1,628台ある見守りカメラ、2025年8月に決まった駅前再整備の方針、そして都市計画の手続きに入った播磨臨海地域道路。長い記事になりますが、この街に長く住んでこられた方ほど、途中で「ああ、あれのことか」と思い当たる箇所があるはずです。
五年で七千六百五十八人が減り、世帯は千百四十二増えた
まず、人口の話から始めます。ここを曖昧にしたまま先へ進むと、あとの話がすべて甘くなるからです。
加古川市が公表している国勢調査の結果を並べます。
| 時点 | 人口 | 世帯数 |
|---|---|---|
| 令和2年(2020年)国勢調査 | 260,878人 | 107,195世帯 |
| 令和7年(2025年)国勢調査 速報値 | 253,220人 | 108,337世帯 |
| 差 | △7,658人(△2.9%) | +1,142世帯 |
※令和7年の数値は市が公表している速報値です。確定値では動く可能性があります。
人口は7,658人減り、世帯は1,142増えました。この二つは矛盾しているように見えますが、矛盾ではありません。1世帯あたりの人数が減っている、ということです。
計算してみます。2020年は26万878人を10万7,195世帯で割って、1世帯あたり約2.43人。2025年は25万3,220人を10万8,337世帯で割って、約2.34人です。5年で0.09人ぶん、世帯が軽くなりました。
0.09人という差は小さく見えますが、街全体で見ると景色が変わる幅です。三世代で住んでいた家から子ども世帯が出て、二世帯になる。夫婦二人の家から片方が亡くなって、一人になる。子どもが独立して市外に出たあと、親が二人で残る。こうした変化が、市内のあちこちで同時に進んでいます。統計の言葉でいえば世帯分離と単身化ですが、生活の言葉でいえば「家に残る人が減っていく」ということです。
ここは正直に書いておきます。この解釈は、公表された人口と世帯数の関係から読み取れる範囲のものです。市が「世帯分離が進んだ」と分析して発表しているわけではありません。ただ、人口が減って世帯が増える現象は、それ以外の説明がつきにくいのも事実です。私たちは、そう読めます、という言い方にとどめておきます。
もう少し新しい数字も見ておきます。市の推計人口では、2026年8月1日時点で252,179人、109,273世帯。前月と比べると人口は69人減り、世帯は56増えています。国勢調査で見えた動きが、月単位でもそのまま続いていることが分かります。
月に69人という減り方は、日常では気づけません。人口25万人の街で69人というのは、0.03%にも届かない変化です。街を歩いていて「人が減ったな」と感じることは、まずないでしょう。それでもこれが12か月積み重なると800人を超え、5年で7,000人台になる。気づかない速さで進むから、気づいたときには戻せない。人口減少という現象の厄介さは、そこにあります。
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四人に一人が高齢者。二〇四五年には三人に一人になる
人が減ることそのものより、住まいの話に効いてくるのは年齢の構成です。
市が住生活基本計画の中で示している数字によれば、2015年(平成27年)の国勢調査時点で高齢化率は25.1%でした。4人に1人が65歳以上です。そして同じ計画に載っている推計では、2045年に34.7%。3人に1人が高齢者という社会になります。
2045年というのは、遠い未来のようでいて、そうでもありません。いま60歳の方が80歳になる年です。いま50代の方は、そのころまだこの街で暮らしている可能性が高い。つまり、いま持ち家に住んでいる多くの方にとって、34.7%という数字は自分が当事者として立ち会う数字です。
高齢化率が上がるということは、住まいの側から見ると次のような変化になります。階段が負担になる家が増える。車を手放したあとの生活を考えなければならない家が増える。相続の話が現実になる家が増える。どれも、家そのものは何も変わっていないのに、住む人の側の条件が変わることで、同じ家の使い勝手が変わってしまう類の変化です。
戸建てを持っている方が「そろそろ」と考えはじめるきっかけは、たいてい建物の傷みではありません。膝であり、運転免許であり、配偶者の入院です。高齢化率という統計は、そういう個別の事情が市内で同時多発的に起きる、ということを数字で表したものだと考えると、実感に近づきます。
市が「ウェルネス都市宣言」を掲げているのも、この文脈の中に置くと分かりやすくなります。健康であることを個人の努力の話にせず、市の方針として掲げる。高齢化率が3割を超えていく街では、それは理念というより実務です。
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ここで、少し意外な数字を挟みます。
市が公表している主要な統計指標(2026年6月)によれば、有効求人倍率はこうなっています。
| 区分 | 有効求人倍率 |
|---|---|
| 加古川 | 1.20 |
| 兵庫県 | 0.94 |
| 全国 | 1.17 |
※加古川市が公表している主要な統計指標(2026年6月)に基づきます。
加古川は1.20。兵庫県全体の0.94を大きく上回り、全国平均の1.17も超えています。求職者1人あたりに1.2件の求人がある状態です。県内で0.94ということは、兵庫県の多くの地域では求職者のほうが多い。その中で、加古川は逆になっています。
これは、この街を考えるうえで重要な事実です。働き口が足りない街ではないということだからです。人口が減っている街の話をすると、たいてい「仕事がないから若い人が出ていく」という筋書きになります。加古川の数字は、その筋書きにきれいには当てはまりません。
では、なぜ人は減るのか。求人倍率だけでは説明できません。仕事の中身と求職者の希望が噛み合っていない可能性もありますし、働く場所は加古川でも住む場所は別、という選択もありえます。逆に、加古川に住みながら別の市へ通っている方も当然いるでしょう。求人倍率は「市内にある仕事の数」を示しているだけで、「市内に住む理由」までは示してくれません。
ただ、持ち家の資産性という観点では、この数字は軽くありません。地域に雇用があるということは、その地域に住み続ける経済的な理由が残っている、ということです。仕事が完全に消えた地域と、求人倍率が全国平均を超えている地域とでは、住宅需要の底の硬さが違います。
一万二千二百二十戸の空き家は、いま誰かの実家である
ここから住宅の話に入ります。加古川市の住生活基本計画に、平成30年の住宅・土地統計調査に基づく数字が載っています。
| 項目 | 数値 |
|---|---|
| 住宅ストック総数 | 113,860戸 |
| 空き家 | 12,220戸 |
| 空き家率 | 10.7% |
| 持ち家率 | 78.1% |
| 昭和55年以前に建てられた住宅の割合 | 24.7% |
※加古川市住生活基本計画に掲載の、平成30年住宅・土地統計調査に基づく数値です。
順に見ていきます。まず空き家12,220戸、空き家率10.7%。市内の住宅10戸のうち1戸を上回る数が、空き家です。
この数字は、街を歩いた実感と一致しないかもしれません。10軒に1軒が空いているようには見えない、と思われるはずです。それはおそらく正しい感覚で、空き家というのは目立つ場所には出てきません。幹線道路沿いや駅前ではなく、住宅地の奥、路地の途中、坂の上に散らばっています。しかも外から見て空き家だと分かるのは、庭が荒れ、雨戸が閉まりきった段階に入った家だけです。
もっと大事なのは、この12,220戸の相当部分が「放置された家」ではなく「まだ判断が終わっていない家」だということです。親が施設に入り、家財がそのままになっている。相続はしたが兄弟の意見がまとまらない。売るのは決めたが、家の中を片づける段取りがつかない。そういう状態の家が、統計の上では空き家として数えられます。
私たちの経験からいっても、空き家になる家は、ある日突然空き家になるわけではありません。人が住まなくなってから、実際に売却や解体の判断が下されるまでに、数年から十数年かかることは珍しくありません。その間、建物は傷み続け、固定資産税は毎年かかり続けます。判断を先送りすること自体に、静かにコストが発生しているのがこの領域の特徴です。
そして持ち家率78.1%。これは、加古川という街の性格をよく表す数字です。市民のおよそ8割が自分の家に住んでいます。賃貸に住み替えながら暮らす街ではなく、家を買って長く住む街だということです。裏を返せば、住宅の問題が「所有している人の問題」として現れる街でもあります。
持ち家の四戸に一戸が、昭和五十五年より前に建っている
先ほどの表に、もう一つ数字がありました。昭和55年(1980年)以前に建てられた住宅が24.7%。これを、少し丁寧に扱います。
昭和55年という年に意味があります。建築基準法の耐震基準は昭和56年(1981年)6月に大きく改められました。それ以前の基準を「旧耐震」、それ以降を「新耐震」と呼びます。設計上の考え方がはっきり変わった線引きで、阪神・淡路大震災のあと、この線の前後で被害の出方に差があったことが広く知られるようになりました。
加古川市の住宅の24.7%は、その線より前に建てられています。およそ4戸に1戸です。持ち家率が78.1%ということを合わせて考えると、旧耐震の家の多くは、いま誰かが所有して住んでいる家だということになります。空き家の話ではありません。
この事実を、脅すために書いているのではありません。むしろ逆で、この数字を知らずに家の将来を考えることのほうが危ないと思うからです。旧耐震の建物には、次のような現実がついてきます。
- 売却時に、買い手が住宅ローン控除などの制度を使う際に追加の手続きや証明が必要になる場合があります
- 建物としての評価が付きにくく、実質的に土地の価格で取引されることがあります
- 耐震改修には費用がかかり、その費用が売却価格にそのまま反映されるとは限りません
- そのまま持ち続ける場合、住む人の年齢が上がるほど、地震時の避難という現実的な問題が重くなります
どれも、すぐに何かをしなければならないという話ではありません。ただ、「うちの家は昭和何年に建てたか」を正確に把握しているかどうかで、判断の質が変わります。登記簿の建築年月日、あるいは確認済証や検査済証。手元にあるかどうかを一度確かめておくと、あとの話が早くなります。
ここで一つ補足しておきます。24.7%という数字は、平成30年の調査時点のものです。その後に建て替えられた家も、逆に空き家になった家もあるはずですから、現在の割合はこれと同じではありません。それでも、市の住生活基本計画がこの数字を政策の前提として置いているという事実は変わりません。行政が「4戸に1戸が旧耐震」という認識で計画をつくっている、ということです。
市役所は、駅から歩いて二十分のところにある
ここから、街の形の話に移ります。
加古川市役所の所在地は、加古川町北在家2000。市が案内している交通情報によれば、JR加古川駅からの距離は1.4km、徒歩で約20分です。駅南の3番のりばからバスに乗れば約7分、運賃は100円とされています。
この「駅から徒歩20分」という配置は、地味なようで、街の性格をかなり左右しています。多くの地方都市では、駅前に市役所があるか、少なくとも駅から歩いてすぐの距離にあります。その場合、駅前が行政・商業・交通の三つを同時に担う中心になります。
加古川は、そうなっていません。駅と市役所が、歩けなくはないが歩くには少し遠い距離で分かれている。この構造だと、駅前は駅前として、市役所周辺は市役所周辺として、別々に人の流れができます。用事の種類によって行き先が変わる。買い物と役所の手続きを一度に済ませる、という動き方がしにくくなります。
1.4kmという距離は、微妙です。若い人なら20分歩けます。荷物がなければ苦になりません。しかし、高齢の方が書類を持って歩く距離ではありません。だから100円のバスがある。7分100円という設定は、この距離を埋めるためのものだと読めます。
長く住んでいる方には当たり前すぎて意識されないことですが、外から見ると、この距離感は加古川という街の骨格の一部です。そして次の章で見るように、2025年に策定された駅前再整備の基本方針は、この構造を前提にしたうえで、駅前の側に機能を集めようとしているように見えます。
バスの行き先表示が、この市の地名帳になっている
加古川市は、統計上13の地区に分かれています。ただ、13という数字を聞いても、住んでいる方以外にはほとんど意味が伝わりません。
そこで、別の入り口から見てみます。バスの路線名です。市が公表している公共交通の案内には、路線の名前が並んでいます。そこに出てくる地域名を拾うと、この市の広がりがかなり具体的に見えてきます。
- 山手
- 志方西・志方中・志方東
- 平岡東・平岡北・平岡東南
- 上荘
注目したいのは、同じ地名が方角で分かれていることです。志方は西・中・東の三つ、平岡は東・北・東南の三つ。一つの地名に対して路線が三本立っているということは、その地域が一本のバスでは回りきれない広さを持っている、ということです。
これは、地図を見なくても分かる地域の実像です。志方という地域は、バス路線を三つに割らなければ届かないだけの面積がある。平岡も同様です。そして「山手」という名前は、平地ではない場所があることを教えてくれます。「上荘」は、両荘みらい学園という義務教育学校が置かれている両荘地区につながる名前です。
加古川市を「駅前の街」とだけ捉えると、この部分がまるごと抜け落ちます。JR加古川駅の周辺と、志方や上荘のような地域とでは、暮らしの前提が違います。前者は歩いて用事が済む密度があり、後者は車かバスが生活の前提になります。同じ市民でも、生活圏が重ならないまま何十年も過ごせてしまうくらいには、市域が広い。
住まいを考えるうえでは、この差がそのまま条件の差になります。駅からの距離、バスの便数、最寄りのスーパーまでの距離、そして「車を運転できなくなったあと、この家で暮らせるか」という問い。市内のどの地区にあるかで、答えがまったく変わります。
なお、加古川駅を境にした東西の性格の違いや、鉄道の路線ごとの街の色合いについては、私たちの手元で確かな資料に当たれていません。よく語られる話ではありますが、確かめられていないことを断定して書くのは避けます。ここでは、バス路線名から読み取れる範囲にとどめておきます。
かこバス、くるりん号、そしてオンデマンド
市域が広く、地区ごとに条件が違う。その現実に対して、加古川市の公共交通は、かなり細かく枝分かれしています。市が案内している内容を整理すると、こうなります。
| 名称 | 性格 |
|---|---|
| かこバス | 市のコミュニティバス |
| かこバスミニ | 小型車両による運行 |
| 病院ライナー | 病院への移動に特化した路線 |
| 上荘くるりん号 | 上荘地域を巡る運行 |
| チョイソコかこがわ | オンデマンド型(予約に応じて運行) |
| 神姫バス市内上限運賃制度 | 市内区間の運賃に上限を設ける仕組み |
※加古川市が公表している交通政策の案内に基づきます。
この一覧は、そのまま市の課題の一覧でもあります。
「病院ライナー」という名前の路線があるということは、病院に行くことが移動の主要な目的として認識されているということです。市は地方独立行政法人加古川市民病院機構を設置していますが、病院への足を路線名として立てるかどうかは、また別の判断です。それを立てているということは、そこに需要があると市が判断している。高齢化率25.1%、2045年に34.7%という数字と、この路線名は地続きです。
「チョイソコかこがわ」はオンデマンド型、つまり時刻表どおりに走るのではなく、予約に応じて動く仕組みです。決まったルートを空のまま走らせるより効率がよく、需要が薄い地域でも成り立ちやすい。逆にいえば、定時定路線では成り立ちにくい地域があるということでもあります。
「上荘くるりん号」のように、地域名を冠した運行があるのも同じ理由です。市全体を一つの網でカバーするのではなく、地域ごとに違う仕組みを当てている。これは行き届いているとも読めますし、地域ごとに事情が違いすぎて一つの仕組みでは足りない、とも読めます。おそらく両方でしょう。
そして、市はバスロケーションシステムを導入しています。バスがいまどこを走っているかを確認できる仕組みです。神姫バスの市内上限運賃制度と合わせて、「市内での移動は、なるべく安く、なるべく待たずに」という方向がはっきりしています。
住まいの判断という観点では、ここは見落とされがちな論点です。家を持ち続けるかどうかを考えるとき、多くの方は建物の状態と資金のことを考えます。しかし実際に暮らしを決めるのは、運転をやめたあとにその家から出かけられるかどうかです。市内のどの地区に、どの仕組みが届いているか。それは、その家の使える年数に直結します。
見守りカメラ、千六百二十八台という選択
ここからしばらく、加古川市のいちばん特徴的な部分を書きます。
市内には、市が設置した見守りカメラが合計1,628台あります。内訳は、通常のカメラが1,475台、高度化したものが150台、危険運転検知に特化したものが3台です。
設置の経緯は、市の公表資料に年度ごとに記されています。
| 年度 | 台数 | 設置の中心 |
|---|---|---|
| 平成29年度 | 900台 | 通学路を中心に |
| 平成30年度 | 575台 | 公園・駐輪場周辺 |
| 令和4年度 | 150台 | 高度化カメラを追加 |
| 令和5年度 | 3台 | 危険運転検知に特化 |
※加古川市が公表している見守りカメラの設置状況に基づきます。
平成29年度に一気に900台。翌年に575台。2年で1,475台を設置しています。これは、少しずつ試しながら増やしていったのではなく、方針を決めて一気に敷いたということです。
設置基準も公表されています。「小学校の校門付近」「通学路の交差点を約200〜500メートル間隔」「公園周辺」。この基準を読むと、カメラの配置がそのまま子どもの通学経路の地図になっていることが分かります。200から500メートルおきというのは、歩いて3分から7分ほどの間隔です。小学生が学校から家まで歩く道のりを、その間隔で押さえている。
1,628台という数は、人口25万人の市としては相当な密度です。市民およそ155人に1台という計算になります。全国的に見ても、これだけの台数を条例に基づいて自前で運用している自治体は多くありません。
この施策は、加古川市が2021年3月に策定し、2024年3月に一部改定したスマートシティ構想の中に位置づけられています。同構想では、市民参加型の合意形成プラットフォームとしてDecidim(デシディム)を採用しています。市民が意見を出し合い、それを政策の検討に反映させるための仕組みです。カメラを敷くだけでなく、その使い方について市民が議論する場を並行して用意している、という構図になります。
四割減という結果と、十四日で消えるという約束
カメラの話には、結果と、その運用の両方を書かなければ片手落ちになります。
まず結果です。市の公表によれば、令和6年の刑法犯認知件数は、カメラ設置前の平成29年と比べて約4割減っています。しかも、この減少率は兵庫県全体の減少率を上回っています。
ここは慎重に読む必要があります。刑法犯は全国的に減少傾向にあった時期があり、加古川だけが減ったわけではありません。だからこそ「県全体の減少率を上回る」という比較が意味を持ちます。県全体という同じ環境の中で、加古川の減り方のほうが大きかった。カメラだけが理由だと断定はできませんが、何らかの効果があったと読むのが自然な数字です。
次に運用です。これだけの台数のカメラが街にあることについて、「監視されているようで落ち着かない」と感じる方はいるはずです。その感覚は、まっとうなものだと思います。1,628台のカメラが自分の通勤路や散歩道を写しているという事実は、安心と引き換えに何かを差し出している、という感覚を伴います。
加古川市は、この点を条例で処理しています。「加古川市見守りカメラの設置及び運用に関する条例」があり、カメラの設置と運用はその枠組みの中で行われています。要綱や内規ではなく条例です。議会の議決を経て定められ、変えるときも議会を通る必要があります。
そして、保存期間が定められています。画像は最長14日、音声は最長1か月で消去されます。撮られたものが無期限に蓄積されていくわけではない、ということです。14日というのは、事件があってから警察が動き出すまでの時間としては足りる長さで、個人の行動履歴を長期に追跡するには短すぎる長さです。その線を、どこに引くかを条例で決めている。
私たちは、この仕組みが完全だとも、問題がないとも書きません。カメラがあること自体を望まない方の感覚は、消去期間の設定によって解消されるものではないでしょう。ただ、「安全のために設置しました」で終わらせず、消去期間まで含めて条例で公表しているという構造は、事実として押さえておく価値があります。街のあり方に関わる判断が、公開された文書の形で確認できる状態になっている、ということだからです。
ランドセルと、認知症の記憶を、同じ電波でつなぐ
カメラには、もう一つの使い方があります。
市の見守りサービスでは、BLEタグ(小型の発信器で、近くの受信機と電波でやり取りする仕組みです)を持った人がカメラの付近を通過すると、その位置履歴が家族に届きます。子どもがランドセルに付けて登下校する。高齢の方が持ち歩く。どこを通ったかが、あとから確認できる。
この仕組みが成立するのは、市内に1,628台の受信点があるからです。カメラを通学路の交差点に200から500メートル間隔で置いたということは、そのまま受信網を200から500メートル間隔で置いたということでもあります。防犯のために敷いたインフラが、そのまま位置情報のインフラになっている。一つの設備を二つの目的で使う、かなり合理的な設計です。
利用の条件にも、この市の姿勢が出ています。認知症の高齢者については、タグの利用料を市が全額補助しています。また、新小学1年生には無料キャンペーンが用意されています。つまり、いちばん必要とされる二つの層に対して、金銭的な入り口を下げている。
認知症の方の外出という問題は、家族にとって非常に重い負担です。目を離せないという緊張が、介護する側の生活を削っていきます。位置履歴が分かるということは、その緊張をいくらか下げるということです。市がタグ代を全額持つという判断は、その負担の重さを認識したうえでのものだと読めます。
そして、この話は住まいの判断にもつながります。親が同じ市内に一人で住んでいて、離れて暮らす子どもが心配している。そういう状況で「まだ一人で暮らせるか」を判断する材料が、この街には一つ多くある、ということです。それが決定的な解決になるとは言いません。ただ、判断の猶予が少し延びる可能性はあります。
二〇二五年八月二十八日、駅から河川敷までが一枚の絵になった
2025年8月28日、加古川市は「加古川駅周辺再整備基本方針」を策定しました。
掲げられたコンセプトは、そのまま引用します。「世界最高の『居場所』『まなび』『ワクワク』を届けたい〜加古川らしい、ひとの顔・ひとのつながりがみえるまち〜」。行政の文書としては、かなり踏み込んだ言葉づかいです。「世界最高」という言葉を基本方針のコンセプトに置く自治体は、そう多くありません。
言葉の派手さより注目したいのは、対象範囲です。加古川駅から加古川の河川敷まで。駅前広場だけでも、駅ビル周辺だけでもありません。駅から川までを一続きの範囲として扱っています。
導入が検討されている機能は、商業、図書館、子育てプラザ、ホールなどの複合機能。そして駅前広場の再編。さらに「2つのウォーカブル空間の形成」という言葉が出てきます。ウォーカブルとは、歩いて楽しめる、歩くことが前提になっている空間のことです。それを二つつくる、としています。
ここで、前に書いた話が効いてきます。加古川では、市役所が駅から1.4km離れています。駅前に行政機能が集まっている街ではありません。その街が、駅前に図書館と子育てプラザとホールを入れようとしている。行政機能ではなく、日常的に人が集まる機能のほうを駅前に置くという選び方です。
そして河川敷まで含めているという点。加古川市では、河川敷が市民イベントの舞台になってきました。加古川ツーデーマーチ、加古川市花火大会。年に何度か、河川敷に人が集まる日があります。駅から河川敷までを一つの計画範囲にするというのは、その「年に何度かの流れ」を、日常の流れに変えようという意図だと読めます。
ただし、現在の段階については正確に書いておきます。策定されたのは基本方針であって、基本計画はこれからです。市の説明では、現在は基本計画の策定を検討している段階とされています。何がどこに建つかは、まだ決まっていません。
それでも、市が本気であることを示す事実が一つあります。「加古川駅周辺再整備推進課」という専任の課が置かれていることです。兼務の担当者ではなく、課です。組織図に一つの課を立てるということは、人員と予算を継続的に割り当てるという意思表示にほかなりません。
五十キロの道路が、内陸を通ると決まった
駅前と並んで、いま加古川で動いているもう一つの大きな話が、播磨臨海地域道路です。
第二神明から広畑までを結ぶ、延長約50kmの構想です。そして、加古川市に関わる部分については、「内陸・加古川ルート」が決定済みとされています。海沿いではなく、内陸を通る案が選ばれた、ということです。
手続きの進み方を、時系列で並べます。
- 2025年12月:ルートおよび本線構造に関する説明会
- 2026年6月:都市計画に係る公聴会(東播会場)
- 2026年8〜9月:アクセス道路等に関する説明会
現在は、都市計画の手続きと環境影響評価の段階にあるとされています。
この時系列の意味を、住んでいる方の側から読み替えます。ルート・本線構造の説明会が終わり、公聴会が開かれ、いまアクセス道路の説明会が行われている。「通るかどうか」を議論する段階は過ぎていて、「どう接続するか」を詰める段階に入っているということです。
幹線道路が新しく通ることは、沿線の土地や住宅にとって両面を持ちます。片側は、交通の便が良くなり、地域の位置づけが変わる可能性です。もう片側は、騒音や交通量の増加、そして用地の取得に関わる話です。どちらに転ぶかは場所によって違いますし、いまの段階では誰にも断定できません。
私たちがここで書けるのは、次のことだけです。都市計画の手続きが進むと、その情報は地価や取引の判断に反映されはじめます。そして、その反映のタイミングは、実際に道路ができる時期よりずっと早い。計画が決まった段階、都市計画決定の段階、着工の段階、それぞれで市場の見方が動きます。
売却を考えている方にとっては、この進行状況を知っているかどうかが判断に影響します。逆に、知らないまま「まだ先の話だろう」と思っていると、動きに気づかないまま時期を過ごすことになります。
なお、ルートの具体的な位置については、この記事では書きません。市と国が公表している資料に当たっていただくのが確実です。記事末尾に加古川市と国土交通省姫路河川国道事務所のページを挙げておきます。
製鉄所と靴下が、同じ統計書に並んでいる
産業の話をします。ここは、事実関係を正確に書く必要がある部分です。
加古川市金沢町1に、株式会社神戸製鋼所の加古川製鉄所があります。日本製鉄ではありません。日本製鉄の瀬戸内製鉄所は阪神・播磨・広畑の各地区で構成されていますが、加古川市内に地区はありません。よく混同される点なので、はっきり書いておきます。
この製鉄所の敷地面積や生産量、従業員数といった数字は、確かな一次資料に当たれていないため、この記事では書きません。書けるのは、「市内に神戸製鋼所の加古川製鉄所がある」という事実です。それだけでも、この街の産業の骨格は伝わると思います。大規模な製鉄所が市内にあるということは、そこで働く人がいて、関連する企業があり、通勤の流れがあるということです。先ほど見た有効求人倍率1.20という数字の背景の一つは、おそらくここにあります。
そして、まったく性格の違うもう一つの産業があります。靴下です。
加古川市の統計書の工業の章には、「加古川市の靴下工業の概況」という独立した表が立っています。ここは、少し立ち止まって考える価値のある事実です。
統計書というのは、行政が街の姿を数字で記録する文書です。そこに何の項目を立てるかは、その街で何が重要かという判断そのものです。製造業を一括りにせず、靴下という単一の品目に独立した表を割り当てている。それは、行政が単独項目を設けるほど、この産業が市内に根付いているということを意味します。
製鉄所と靴下工場。規模も、必要とする設備も、働く人の数も、まったく違う二つの産業が、同じ市の統計書に並んでいます。片方は巨大な装置産業で、もう片方は多数の中小の事業所が支える地場産業です。街の経済が一本の柱だけで立っているわけではない、ということでもあります。
不動産の観点から見ると、この二重構造は無視できません。大企業の事業所は、雇用と通勤需要を安定して生みます。一方、地場の中小事業所は、工場併用住宅や、事業所と自宅が近接した形の不動産を街の中に残します。後者は、事業をやめたときに扱いが難しくなる種類の建物です。加古川の住宅ストックの中には、そういう性格の物件が一定量あると考えられます。
ため池の見回りと、五八九年の寺
行政の資料を読んでいると、その街の生活が透けて見える瞬間があります。加古川市の場合、その一つが「ため池パトロール」です。
市は毎年、ため池パトロールの実施を報道発表事項として公表しています。直近では令和8年6月3日の発表がありました。
これは、地味な事実に見えて、実はかなり雄弁です。市が毎年、定例の報道発表として広報するほど、ため池が生活インフラに食い込んでいるということだからです。報道発表の枠は限られています。そこに毎年同じ項目が入るということは、市民に毎年知らせる必要があるという判断が続いている、ということです。
ため池は、農業用水を貯める施設であると同時に、管理を怠れば危険になる構造物でもあります。梅雨の前に見回る。それを毎年、市が公表する形で行っている。加古川という街が、市街地だけでできているのではないことが、この一項目からうかがえます。志方や上荘といった地域の名前と合わせて読むと、市域の広がりがより具体的になります。
文化の面も見ておきます。鶴林寺は、589年に聖徳太子が建立したと伝えられ、「播磨の法隆寺」と呼ばれています。589年という年号は、日本の寺院としては最も古い層に属します。日岡神社は安産祈願で知られる神社です。そして高御位山は標高304メートル、加古川市と高砂市の境に位置し、「播磨富士」と呼ばれています。
304メートルという高さは、山としては高くありません。しかし播磨平野の中に立っていることを考えると、周囲からよく見える山だということになります。「富士」と呼ばれる山はたいてい、その地域からよく見え、方角の目印になる山です。
食べ物ではかつめしがあります。ビフカツにデミグラスソースをかけたもので、加古川の食として知られています。ご当地の食というと歴史の古いものが持ち上げられがちですが、かつめしは洋食の系譜にあるもので、そこがむしろこの街らしい。古い寺と、戦後的な洋食が、同じ市の名物として並んでいます。
そして河川敷。加古川ツーデーマーチ、加古川市花火大会。市民が集まる場所が、駅前でも公園でもなく川辺にあるというのは、この街の特徴です。だからこそ、駅前再整備基本方針が駅から河川敷までを対象範囲にしたことに意味があります。市民がすでに集まっている場所と、駅とを、つなごうとしている。
学校が一つになった場所と、これから決まる場所
人口が減る街では、学校の話が避けて通れません。加古川市でも動いています。
両荘地区には、両荘みらい学園が設置されています。義務教育学校、つまり小学校と中学校を一つの学校として運営する形です。従来の小学校・中学校をそれぞれ残すのではなく、一つにまとめた。すでに実施済みの再編です。
そして志方地区では、教育環境についてのアンケート調査が実施されています。これは、再編の検討が動いているということを意味します。アンケートは、方針を固める前に住民の意向を確かめる段階で行われるものです。
志方は、先ほどバス路線名のところで見たように、西・中・東の三方向に路線が分かれている広さを持つ地域です。その地域で教育環境のアンケートが行われているという事実を、住んでいる方はどう受け止めるか。おそらく、多くの方が「そういう話か」と察しがついているはずです。
学校の再編は、住宅の価値と直接つながります。子育て世帯が家を探すとき、学区は主要な判断材料の一つです。学校が遠くなる、あるいは統合されるという情報は、その地域の住宅を検討する層の判断に影響します。逆に、義務教育学校のように新しい形で整備された場合は、別の評価がされることもあります。どちらに転ぶかは一概には言えませんが、「学校がどうなるか」は、その地域の住宅を買う人が必ず気にするということは確かです。
もう少し前向きな話も書いておきます。加古川市では中学校給食が実施済みです。日岡山学校給食センターと神野台学校給食センターの2センター方式で運営されています。中学校給食は、自治体によっては未実施だったり、方式をめぐって長く議論が続いていたりする分野です。加古川はすでに実施し、2つのセンターで供給する体制を持っています。
また、通学区域特認校制度があります。これは、定められた通学区域以外の学校へ通うことを、一定の条件のもとで認める制度です。児童が減っている学校に、区域外からの通学を認めることで規模を保つ、という使われ方をすることが多い制度です。この制度が用意されているということ自体が、市内の学校で児童数の偏りが生じているという認識の表れだと読めます。
再編、給食、特認校。この三つを並べると、加古川市の教育行政が減っていく前提で仕組みを組み替えていることが分かります。減らないことにする、ではなく、減る前提で形を変える。7,658人の人口減という数字は、こういうところに具体的な姿を現します。
空き家を、三つの方向から動かそうとしている
最後の二章で、ここまでの話を住まいの判断へつなげます。まず、市が用意している空き家の施策を見ておきます。
加古川市の空き家に関する施策は、大きく三つに分かれています。
- 空き家バンク:空き家の所有者と、利用を希望する人をつなぐ登録制度です
- 空き家活用改修費補助:空き家を使えるようにするための改修費用を補助する制度です
- 隣接空き家一体利用除却補助:隣り合う空き家を一体として利用するために、建物を取り壊す費用を補助する制度です
補助の金額については、確かな資料で確認できていないため書きません。制度の有無と方向性だけを記します。
この三つの並び方に、市の考え方が出ています。使ってもらう(空き家バンク)、直して使う(改修費補助)、まとめて壊して使いやすくする(隣接空き家一体利用除却補助)。放置を止めるのではなく、動かす方向に力を入れています。
とくに三つめの「隣接空き家一体利用除却」は、この街の住宅事情をよく表した制度です。空き家が隣り合って二つある。どちらも単体では小さく、使い道が限られる。しかし二つを一体として扱えば、まとまった敷地になり、選択肢が広がる。そういう状況が現実にあるから、この制度が立っているのだと読めます。
空き家12,220戸という数字を思い出してください。そのうちのいくらかは、隣り合っています。市が制度としてそこに手を打っているということは、点在する空き家だけでなく、固まって発生している空き家があるという認識を持っている、ということです。
所有者の立場から見ると、これらの制度は「使えるかもしれない選択肢」です。ただし、補助制度には条件があり、申請の時期があり、予算の枠があります。制度があることと、自分の家に使えることは別です。実際に検討される際は、市の窓口で個別に確認されることをおすすめします。
持ち続けるか、手放すか。この街で材料になるもの
ここまで書いてきたことを、住まいの判断という一点に集めます。売り込むためではありません。判断のための材料を並べるためです。決めるのはご本人です。
一つめ。人は減っているが、世帯は減っていない。5年で人口は7,658人減りましたが、世帯数は1,142増えました。これは住宅需要の総量が単純に縮んでいるわけではない、ということを意味します。ただし、増えているのは世帯の数であって、家族の大きさではありません。求められる住まいの形は、部屋数の多い家から、暮らしやすい大きさの家へと、少しずつ移っていると読めます。部屋数が多く、階段があり、庭が広い家は、その流れの中では扱いが難しくなる方向にあります。
二つめ。自宅の建築年を確認しておく。市内住宅の24.7%が昭和55年以前の建築です。旧耐震にあたる家は、売るときにも、持ち続けるときにも、新耐震の家とは条件が変わります。まず登記簿や確認済証で建築年を確かめる。それだけで、以降の話の精度が上がります。「たしか昭和50年代だったと思う」という状態のまま判断すると、選択肢を見落とすことがあります。
三つめ。地区によって、家の未来が違う。加古川市は統計上13地区に分かれ、バス路線の名前を見るだけでも、志方が三方向、平岡が三方向に分かれる広さを持つことが分かります。駅前に近い地区と、山手や上荘のような地区とでは、車を手放したあとの暮らしやすさがまったく違います。市はかこバス、かこバスミニ、病院ライナー、上荘くるりん号、チョイソコかこがわと、地域ごとに違う仕組みを当てています。自分の家の周りにどの仕組みが届いているかは、その家に何年住み続けられるかに直結します。
四つめ。街の側の予定を、時間軸で把握しておく。2025年8月28日に駅前再整備の基本方針が策定され、いまは基本計画の検討段階です。播磨臨海地域道路は内陸・加古川ルートが決まり、2025年12月にルートと本線構造の説明会、2026年6月に都市計画の公聴会、2026年8〜9月にアクセス道路等の説明会と進み、現在は都市計画と環境影響評価の段階にあります。どちらも、完成はまだ先です。しかし不動産の判断に影響が出るのは、完成のときではなく、決まっていくときです。いまが、その「決まっていく時期」にあたります。
五つめ。判断を先送りすること自体に、コストがある。空き家12,220戸のうち、荒れ果てた家ばかりではないはずです。判断がついていないだけの家が相当あると考えられます。人が住まなくなった家は、傷みが早く進みます。庭が伸び、雨樋が詰まり、湿気がこもる。その間も固定資産税はかかります。そして、相続人が増えるほど話はまとまりにくくなります。時間は、この問題については味方をしません。
そのうえで、急がなくてよい材料も書いておきます。加古川の有効求人倍率は1.20で、兵庫県全体の0.94はもちろん、全国平均の1.17も上回っています。市内には神戸製鋼所の加古川製鉄所があり、統計書に独立した表が立つほど根付いた靴下産業があります。中学校給食は実施済みで、見守りカメラは1,628台、刑法犯認知件数は設置前比で約4割減りました。暮らす場所としての条件が崩れている街ではありません。
人口が減っている街の不動産は、すべて価値が落ちていく――そう単純に言えるほど、現実は分かりやすくありません。減っているのは人で、増えているのは世帯です。求人はあります。駅前は動きはじめています。道路の話も進んでいます。一方で、家は古くなり、住む人は年を取り、判断は先送りされます。
この二つは、どちらも同時に本当です。だから、街全体の見通しで決めるのではなく、ご自身の家の条件で決めるほかありません。建築年はいつか。どの地区にあるか。駅やバス停までどれくらいか。誰が相続するのか。その人はこの街に住むのか。
持ち続けるという判断も、手放すという判断も、どちらも十分に合理的でありえます。私たちが申し上げたいのは、材料を揃えてから決めていただきたいということだけです。材料が揃っていない状態での「そのままにしておく」は、判断ではなく保留です。そして保留には、静かに費用がかかり続けます。
よくある質問
加古川市の人口は、どれくらい減っているのですか。
令和2年(2020年)の国勢調査では260,878人・107,195世帯、令和7年(2025年)の国勢調査速報値では253,220人・108,337世帯です。5年間で人口は7,658人(2.9%)減りました。一方、世帯数は1,142増えています。市の推計人口では2026年8月1日時点で252,179人・109,273世帯で、前月比では人口が69人減、世帯が56増となっています。人口が減って世帯が増えるという動きは、1世帯あたりの人数が減っていること、つまり世帯分離や単身化が進んでいることを示していると読めます。1世帯あたりの人数は約2.43人から約2.34人へ下がっています。
加古川市の空き家は、どれくらいあるのですか。
市の住生活基本計画に載っている平成30年住宅・土地統計調査の数値では、住宅ストック113,860戸に対して空き家が12,220戸、空き家率は10.7%です。持ち家率は78.1%と高く、住宅にまつわる判断が所有者の判断として現れやすい構造になっています。市の空き家施策としては、空き家バンク、空き家活用改修費補助、隣接空き家一体利用除却補助が用意されています。補助の金額については確かな資料で確認できていないため、この記事では記載していません。詳細は市の窓口でご確認ください。
自宅が旧耐震かどうかは、どう調べればよいですか。
建築基準法の耐震基準は昭和56年(1981年)6月に大きく改められました。それ以前の基準によるものを旧耐震と呼びます。加古川市では、市の住生活基本計画によれば、住宅の24.7%が昭和55年以前の建築です。おおよそ4戸に1戸にあたります。ご自宅の建築年は、登記簿の建物の表示にある建築年月日、あるいは建築確認済証・検査済証で確認できます。手元にない場合でも、法務局で登記事項証明書を取得すれば建築年月日を確認できることが多いです。売却を検討される場合、この情報は最初に必要になります。
加古川市の見守りカメラは、撮影した映像をどれくらい保存しているのですか。
加古川市は「加古川市見守りカメラの設置及び運用に関する条例」に基づいてカメラを運用しており、画像は最長14日、音声は最長1か月で消去されます。カメラの台数は合計1,628台で、内訳は通常のカメラ1,475台、高度化カメラ150台、危険運転検知に特化したもの3台です。設置基準は小学校の校門付近、通学路の交差点を約200〜500メートル間隔、公園周辺とされています。令和6年の刑法犯認知件数は設置前の平成29年比で約4割減り、この減少率は兵庫県全体の減少率を上回っています。またBLEタグを使った見守りサービスがあり、認知症高齢者についてはタグの利用料を市が全額補助し、新小学1年生には無料キャンペーンが用意されています。
加古川駅周辺の再整備や、播磨臨海地域道路は、いまどの段階ですか。
加古川駅周辺再整備については、2025年8月28日に基本方針が策定されました。コンセプトは「世界最高の『居場所』『まなび』『ワクワク』を届けたい〜加古川らしい、ひとの顔・ひとのつながりがみえるまち〜」で、対象範囲は加古川駅から加古川の河川敷までです。商業・図書館・子育てプラザ・ホールなどの複合機能の導入、駅前広場の再編、2つのウォーカブル空間の形成が掲げられています。現在は基本計画の策定を検討している段階で、市には「加古川駅周辺再整備推進課」という専任の課が置かれています。播磨臨海地域道路は第二神明から広畑までの延長約50kmの構想で、内陸・加古川ルートが決定済みです。2025年12月にルート・本線構造の説明会、2026年6月に都市計画に係る公聴会(東播会場)、2026年8〜9月にアクセス道路等の説明会が開催され、現在は都市計画と環境影響評価の段階にあります。ルートの詳細な位置については、市および国土交通省姫路河川国道事務所の公表資料をご確認ください。
この記事で参照した資料
- 加古川市|令和7年国勢調査 速報値
- 加古川市|令和2年国勢調査の結果
- 加古川市|推計人口・世帯数
- 加古川市|加古川市住生活基本計画
- 加古川市|主要な統計指標(2026年6月・有効求人倍率)
- 加古川市|市役所の位置・交通案内
- 加古川市|交通政策(かこバス・チョイソコかこがわ等)
- 加古川市|見守りカメラの設置状況と運用
- 加古川市|見守りサービス(BLEタグ)
- 加古川市|スマートシティ構想
- 加古川市|加古川駅周辺再整備基本方針
- 加古川市|播磨臨海地域道路
- 国土交通省 姫路河川国道事務所|播磨臨海地域道路
- 加古川市|加古川市統計書 工業の章(加古川市の靴下工業の概況)
- 加古川市|両荘地区の学校再編(両荘みらい学園)
- 加古川市|志方地区の教育環境に関するアンケート調査
- 加古川市|空き家・空き地対策
- 加古川市|報道発表資料(ため池パトロールの実施)
- かこがわ観光ナビ|鶴林寺・日岡神社・高御位山・かつめし
※本記事は上記の公表資料に基づいて構成しています。裏付けの確認できなかった事項については、あえて記載していません。
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