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三田市

増加率日本一を10年続けた街が、推計より速く縮んでいる

2026.08.28
三田市の風景

三田市が公表している人口統計によれば、2026年3月末の三田市の人口は105,106人でした。世帯数は47,811。前の月と比べて、人口は197人減り、世帯数は140増えています。

この数字には、少し説明が要ります。市がまとめた人口ビジョンの将来推計では、2030年の三田市の人口は108,357人と見込まれていました。ところが実際の人口は、2026年の時点ですでにその水準を下回っています。推計が想定していたより、およそ4年ぶんだけ速く、街は小さくなっているということです。

この街は、かつて10年連続で人口増加率が日本一でした。1996年には10万人を突破し、2011年9月末に115,061人のピークを迎えます。神戸新聞の報道によれば、その後は新規分譲地の完売とともに減少へ転じました。増加率日本一を10年続けた街が、いま推計より速く縮んでいる。この落差が、三田という街のいまを理解するうえで、いちばん大事な入り口だと私たちは考えています。

この記事では、その落差の中身を、できるだけ都合よく丸めずに書いてみます。ニュータウン3地区の入居時期の差、駅前から商業施設が消えた2年半、市が売りに出す24億円分の財産、市外へ動く病院。長い記事になりますが、この街に長く住んでこられた方ほど、途中で「ああ、あれのことか」と思い当たる箇所があるはずです。

増加率日本一を十年続けた街が、推計を追い越して縮んでいる

最初に、人口の数字を並べておきます。ここを曖昧にしたまま先へ進むと、あとの話がすべて甘くなるからです。

三田市の人口は、1980年代から90年代にかけてニュータウン開発によって急増しました。10年連続で人口増加率が日本一という記録は、この時期のものです。1996年に10万人を突破し、2011年9月末の115,061人がピークでした。

そこから先が、この街の現在です。市の統計では、2025年3月末が105,949人。1年後の2026年3月末が105,106人。1年で843人減っています。ピークの115,061人と比べると、およそ1万人が減った計算になります。

市の人口ビジョンが示している将来推計は、次のとおりです。

年 推計人口 高齢化率
2030年 108,357人 33.4%
2040年 103,286人 36.8%
2050年 95,743人 —
2060年 88,152人 —

※三田市「第2次三田市人口ビジョン」の将来推計です。高齢化率は資料に記載のある年のみ掲載しています。

この表を、実績の105,106人(2026年3月末)と並べてみてください。2030年の推計値を、4年早く下回っています。推計というのは外れるものですが、外れ方に向きがあります。三田の場合、減少のほうが速い側に外れています。

市自身も、この点は認識しています。2025年12月に策定された「三田市未来への財政ロードマップ」では、2035年3月時点の推計人口を95,357人としたうえで、それに対して「10万人以上」を目標に置いています。推計より約5千人多い水準を、政策目標として掲げているということです。裏を返せば、何もしなければ9万5千人台まで落ちると市が見込んでいる、ということでもあります。

減少の背景として、市が構造的な問題と位置づけているのが20代の転出です。市の資料によれば、2019年までの5年間で3,917人が転出超過となっています。主な転出先は大阪市と神戸市北区です。大阪市はともかく、神戸市北区という行き先は、この街の位置をよく示しています。すぐ南隣です。市境をまたいだだけの距離に、若い世代が移っている。

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人は減り、世帯は増える。この二つは矛盾しない

先ほどの数字の中に、一見おかしなところがあります。もう一度並べます。

2025年3月末:105,949人/47,518世帯。2026年3月末:105,106人/47,811世帯。1年で人口は843人減り、世帯数は293増えています。直近の月次でも、人口が197人減った同じ月に、世帯は140増えています。

人が減っているのに、世帯が増える。これは統計の誤りではありません。1世帯あたりの人数が減っている、ということです。

何が起きているのかは、いくつかに分けて考えられます。ひとつは世帯分離です。同居していた親と子が、住民票の上で別の世帯になる。介護保険や各種の負担判定を意識して分けるケースもあります。もうひとつは、子どもが独立して家を出た結果、親だけが残る形です。4人で暮らしていた家が、2人になり、やがて1人になる。家の数は変わらないのに、世帯の中身だけが薄くなっていきます。

この解釈は、あくまで数字からの読みです。市が「世帯分離が進んでいる」と断定しているわけではありません。ただ、人口が減りながら世帯数が増え続けるという動き方は、単身世帯や2人世帯が増えていると読むのが自然です。そして三田の場合、その多くは高齢者の世帯である可能性が高い。市の推計する高齢化率が2030年に33.4%、2040年に36.8%という水準であることを考えれば、そう見るのが素直だと思います。

住宅を持っている方にとって、この動きは他人事ではありません。世帯が小さくなるということは、大きな家が余っていくということだからです。4LDKの戸建てに2人で住み、やがて1人で住む。その状態が市内に積み上がっていくと、どうなるか。この話は、あとの章でもう一度出てきます。

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一九八一年、一九八七年、一九九二年。六年と十一年の時差

ここからが、この記事の中心です。三田という街を理解するうえで、いちばん重要な構造の話をします。

北摂三田ニュータウンは、開発面積1,200ヘクタール。神戸三田国際公園都市全体では2,000ヘクタールにおよびます。この中に、性格の違う3つの街があります。

地区 入居開始 面積 計画人口
フラワータウン 1981年 337ha 34,000人
ウッディタウン 1987年 598ha 48,000人
カルチャータウン 1992年 150ha 6,000人

この表で注目していただきたいのは、面積でも計画人口でもありません。入居開始の年です。

フラワータウンとウッディタウンのあいだには6年、フラワータウンとカルチャータウンのあいだには11年の開きがあります。同じニュータウンという言葉でくくられていますが、街びらきの時期がこれだけ違う。

そして、ニュータウンというのは、入居が始まった年にほぼ同じ年代の人が一斉に入ってくる街です。30代前半の夫婦と小さな子ども。それが数年のあいだに何千世帯も集まります。だから、入居開始の時差は、そのまま高齢化の時差になります。

1981年に35歳で入居した方は、2026年には80歳になっています。1987年に35歳で入居した方は74歳。1992年なら69歳です。同じ市内で、地区ごとに10年前後の年齢差を抱えた街が3つ並んでいる、ということです。

この構造は、街の景色にそのまま出ます。フラワータウンの一部では、すでに高齢化が進んだ状態が日常です。一方でウッディタウンは、まだそこまでではありません。しかしそれは「大丈夫」という意味ではなく、「これから来る」という意味です。順番が決まっているだけで、通る道は同じです。

そしてもうひとつ。時差があるということは、市にとっては同じ問題が三度、時間差でやってくるということでもあります。学校の統廃合も、公共施設の維持も、買い物の足も、地区ごとに違う時期に山場を迎えます。一度の対策で全部が片づく構造にはなっていません。

武庫が丘はもう高齢、弥生が丘と狭間が丘はこれから一気に来る

時差の話は、地区と地区のあいだだけではありません。同じフラワータウンの中にも、時差があります。

市が公表している「フラワータウン再生ビジョン」に、地区内の年齢構成の分析が載っています。フラワータウン全体の高齢化率は、2021年3月時点で29.0%。それが2050年には42.1%になると予測されています。10人に4人以上が65歳以上、という水準です。

そして、この資料が示している地区内の差が、住んでいる方には実感として分かるはずです。

  • 武庫が丘:地区内で最も高齢層の比率が高い。
  • 弥生が丘・狭間が丘:55〜74歳の層が厚い。
  • 富士が丘:相対的に若い。

この並びのうち、いちばん注意して読むべきは弥生が丘と狭間が丘です。55〜74歳が厚い、というのは、いまはまだ元気に暮らしている世代が多い、ということです。買い物にも車で行けるし、階段も上れる。街としての見た目は、それほど変わりません。

しかし、この層が10年後には65〜84歳になります。厚い層がまとまって高齢期に入るということは、高齢化が緩やかにではなく、階段状に進むということです。ある時期を境に、街の様子が急に変わる。ニュータウンの高齢化が「じわじわ」ではなく「どっと」来ると言われるのは、この年齢構成の偏りが理由です。

富士が丘が相対的に若いのは、住み替えや世代交代がある程度動いている結果かもしれません。ただ、これも資料が示す事実として書いておくにとどめます。理由まで断定できる材料は、私たちの手元にはありません。

ここで大事なのは、「フラワータウンの相場」や「フラワータウンの将来性」を、ひとかたまりで語ることに無理があるということです。同じ駅を使い、同じ市民センターを使い、同じスーパーに通っていても、住んでいる方の年齢構成が違えば、10年後の街の姿は違ってきます。ご自宅がどの丘にあるかは、それだけで一つの情報です。

ウッディタウンは、まだ高齢化していない。だから重い

ウッディタウンは、市内で最大の人口を持つ地区です。面積598ヘクタール、計画人口48,000人。三田市の人口の相当部分が、ここに住んでいます。

そして、この地区の年齢構成には、はっきりした特徴があります。50〜60代が厚く集中しているのです。市の人口ビジョンは、当初この地区に入居した若年層が、今後急速に高齢化することを明記しています。

1987年の入居開始から、およそ40年です。街びらきのときに30代だった方が、いま70代に入りかけている。40代だった方は、すでに80代です。市内最大の人口を抱える地区で、この年代が集中している。

これが何を意味するか。市内で最も大きな地区が、これから最も大きく変わるということです。フラワータウンの高齢化は、規模としては市の一部の話です。しかしウッディタウンで同じことが起きると、市全体の数字が動きます。人口も、世帯構成も、住宅の空き具合も、医療や介護の需要も、公共交通の使われ方も。

神戸電鉄公園都市線は、フラワータウンやウッディタウン、南ウッディタウン、ウッディタウン中央といった駅を結んでいます。ニュータウンのために引かれた鉄道です。この路線の利用者層が、いま50〜60代を中心にしているとすれば、その方たちが通勤をやめたあと、どういう使われ方になるのか。これは市内の交通全体に関わる話です。

カルチャータウンは、面積150ヘクタール、計画人口6,000人と、3地区の中では最も小さい規模です。1992年の入居開始ですから、年齢層も相対的には若い。ただし、こちらも順番が後ろにあるだけで、同じ道筋をたどることになります。

三つの街が、10年ずつずれた時計を持っている。三田のニュータウンは、そういう構造をしています。

買い足す土地が、もうない

ここまでは「住んでいる人が歳をとる」という話でした。次は「新しい人が入ってこられるか」という話です。

北摂三田ニュータウンの3地区は、2015年に開発が完了し、ほぼ完売しています。分譲する土地が残っていない、ということです。

そして、ここが三田の構造でいちばん効いてくる点なのですが、ニュータウンの周囲は市街化調整区域です。市街化調整区域というのは、市街化を抑える区域で、原則として新しく家を建てられません。つまり、ニュータウンの外側に住宅地を広げていく、という選択肢が事実上ありません。

これを住宅市場の言葉に置き換えると、こうなります。新築の供給が事実上できない街では、街の新陳代謝は中古流通に頼るしかない。

普通の郊外都市であれば、街の縁に新しい分譲地ができて、若い世帯がそこに入ってきます。街の中心部が高齢化しても、外側から人が補充される。三田のニュータウンには、その補充の経路がありません。若い世帯が入ってくるとすれば、それは誰かが手放した家に入るという形しかない、ということです。

この構造は、家を持っている方にとって、両面の意味を持ちます。

ひとつは、供給が増えないということです。新築が湧いてこないので、既存の住宅が需要を受け止めることになります。これは中古住宅にとって不利な条件ではありません。

もうひとつは、買い手が来る理由をつくれるかどうかが、すべて中古の側にかかっているということです。新築のきれいな街並みで人を呼ぶ、という手が使えません。学校、買い物、交通、価格。この4つで選ばれなければ、家は動きません。そしてこの4つは、いま三田で最も揺れている部分でもあります。

市も、この構造には手を打とうとしています。市街化調整区域における自己用住宅の建築について、新しい許可基準を運用しています。また、ニュータウン内の用途規制も緩めました。

具体的には、フラワータウン、ウッディタウン、カルチャータウン、友が丘、つつじが丘、桜坂のニュータウン6地区の住宅地区で、次のようなものが特例的に許可される仕組みになっています。

  • グループホーム、高齢者施設、保育所
  • 幅員16メートル以上の道路沿いにおける小規模な店舗・事務所
  • 店舗兼用住宅(非住宅部分が50平方メートル以下などの条件つき)

この緩和の中身は、街の課題をそのまま映しています。高齢者施設と保育所が並んでいる。そして、幹線道路沿いに小さな店を許し、自宅の一部で商売をすることを許した。純粋な住宅地としてつくられた街を、住むだけの街ではない形に開こうとしている、と読めます。

空き家は農村に多い。数字の本番は、ニュータウンでこれから来る

空き家の話をします。ここは、数字の見え方と実態が食い違いやすいところです。

三田市が2022年6月から10月にかけて行った調査では、市内の空き家は全1,026戸でした。内訳は次のとおりです。

区分 戸数
農村地域 714戸
ニュータウン 228戸
既成市街地 84戸

圧倒的に農村地域です。ニュータウンの空き家は、その3分の1にも届きません。空き家率も、2018年時点で9.6%。全国の13.6%、兵庫県の13.4%と比べて、明らかに低い水準です。

ここだけ読めば、「三田は空き家が少ない街」という結論になります。実際、それは間違いではありません。

ただし、同じ市の資料には、もうひとつの数字が書かれています。65歳以上の単身世帯が住んでいる戸建が、市内に1,430戸あるというのです。そして市は、これらについて「相続や住み替えが進まない限り、近い将来空き家化する可能性が高い」と、自ら記載しています。

1,430戸という数字を、現在の空き家1,026戸と並べてみてください。いま空き家になっている家より、将来空き家になりうる家のほうが多い。しかも1.4倍近くあります。

これが、先ほどの「人口は減り世帯は増える」という動きの、行き着く先です。4人家族の家が2人になり、1人になる。そして誰もいなくなる。その途中経過が1,430という数字で、終点が空き家です。

そして、この1,430戸がどこにあるかを考えると、話は前の章につながります。現在の空き家は農村地域に多い。しかし、65歳以上の単身世帯が住む戸建がどこに多いかといえば、1980年代から90年代にかけて一斉に人が入った地区、つまりニュータウンである可能性が高いはずです。空き家の主戦場は、これから場所を変えるように見えます。

誤解のないように書いておきますが、これは「ニュータウンが空き家だらけになる」という話ではありません。市の資料が言っているのは、相続や住み替えが進めば、そうはならないということです。条件つきの予測であって、決まった未来ではありません。ただ、条件が「相続や住み替え」である以上、動かすのは行政ではなく、家を持っている一人ひとりです。

二〇二五年二月二十八日、駅前から買い物が消えた

ここから、街の景色が実際に変わった話をします。フラワータウンにお住まいの方には、説明の必要がない出来事です。

フローラ88。フラワータウン駅に直結する、地区の核となる商業施設です。1988年6月に開業し、ダイエー系の「ディーランド三田店」が核テナントとして入りました。のちにイオン三田店となります。

この施設が、2025年2月28日に全館閉館しました。37年の歴史に幕、と報じられています。

フラワータウンの入居開始が1981年、フローラ88の開業が1988年。街びらきから7年目に核商業ができ、そこから37年間、この地区の買い物を担ってきたことになります。入居一期生の方にとっては、子育て期から現在までの生活が、そのままこの施設の中にあったはずです。

跡地の計画は決まっています。イオンリテールが都市型ショッピングセンター「そよら三田」を整備する予定で、開業は2027年秋とされています。所在地は三田市弥生が丘1-1-1、地上3階建て、延床面積は約13,500平方メートルです。

問題は、そのあいだの時間です。2025年2月から2027年秋まで、およそ2年半。駅直結の核商業が、まるまる空白になります。

2年半という長さを、生活の側から考えてみます。週に2回買い物に行くとして、260回ぶんです。車に乗れる方は、少し足を延ばせば済みます。しかし、車を手放した方、あるいはもともと運転しない方にとっては、日常の買い物の経路そのものを組み替えることになります。そして、前の章で見たとおり、この地区には65歳以上の単身世帯が住む戸建が積み上がっています。

もう一つ、見落とされやすい点があります。2年半のあいだに、生活の習慣は移ってしまうということです。別の店に通うようになり、その店で顔なじみができ、そちらのほうが便利だと感じるようになる。2027年秋に新しい施設ができたとき、人が自動的に戻ってくるとは限りません。商業施設の空白期間というのは、建物がない期間であると同時に、客足が別の場所に定着する期間でもあります。

市長が議会で、「資産価値の減少」と言った

この空白について、市がどう考えているかを示す記録があります。

市は、新商業施設の整備にあたって住民の意見を聞いています。アンケートは8,824世帯に配布し、1,765件の回答。説明会は5回開かれ、156人が参加しています。そして、最大の関心事として挙がったのが「新商業施設の早期開業」でした。

回答率でいえば2割程度です。この種の調査としては特別に低いわけではありませんが、8,824世帯に配って1,765件という数字は、そのまま受け止めておきたいと思います。

そして、令和7年12月の市長提案説明の中に、注目すべき一文があります。田村克也市長は、この事業の遅延が「住民の皆様の資産価値の減少」を招くと、市議会で明言しています。

行政の長が、公の場で、住民の資産価値という言葉を使う。これはあまり見ない表現です。多くの場合、行政は「生活利便性の低下」や「まちの活力への影響」といった言い方を選びます。資産価値と言い切るということは、それだけこの事業を重く見ている、ということでしょう。

ただし、事業は順調には進んでいません。神戸新聞の報道によれば、フラワータウン市民センターを新商業施設へ移転する関連予算案は、2025年9月と12月の2度にわたって否決されています。12月23日の採決は、賛成10・反対11でした。1票差です。

ここは慎重に書きます。予算案が否決されたことと、そよら三田の2027年秋開業そのものが揺らいでいるかどうかは、別の話です。否決されたのは市民センターの移転に関わる予算であって、商業施設の建設ではありません。ただ、市長が「遅延は資産価値の減少を招く」と述べた事業をめぐって、市議会が2度にわたり関連予算を退けた。この事実だけは、住民として知っておいてよいことだと思います。

そして、この一連の経緯が示しているのは、三田市が抱えている二つの要請が、正面からぶつかっているということです。ひとつは、地区の核商業を早く取り戻したいという要請。もうひとつは、あとで見る財政の締め直しという要請。市民センターの移転は、施設を集約して費用を抑えるという文脈にも属しています。前へ進める話と、縮める話が、同じ土俵に乗っています。

三田駅前に、二十階建てが立ち上がる

フラワータウンで商業が消えている一方で、JR・神戸電鉄の三田駅前では、大きな事業が動いています。

三田駅前Cブロック第一種市街地再開発事業です。市が公表している計画の概要は、次のようになっています。

  • 区域面積:約1.9ヘクタール
  • 住宅棟:鉄筋コンクリート造、地上20階、高さ約60メートル
  • 商業業務棟:鉄骨造5階、高さ約25メートル(物販・飲食・医療・公益)
  • 自走式駐車場:2敷地
  • 総事業費:約301億円(うち工事費232億円)
  • 竣工予定:令和11年(2029年)6月

20階、高さ約60メートル。三田盆地の中では、かなり目立つ高さになります。そして総事業費301億円という規模は、この街の駅前で行われる事業としては相当なものです。

あわせて、三田駅周辺地区の都市再生整備計画が令和7年度から11年度にかけて進められています。駅前を面として整えていく計画です。

ここで思い出しておきたいのが、既存のレバンテ三田です。こちらはDブロックの再開発事業で、1999年に着工し、2002年に竣工しました。12階建てで、ホテルが126室、駐車場365台という規模です。つまり三田駅前では、20年以上前にも同じような再開発が行われています。今回のCブロックは、その続きにあたる事業です。

市内で起きていることを並べると、方向がはっきりします。フラワータウンでは核商業が消え、三田駅前では20階建ての住宅棟と商業棟が建つ。市の重心が、駅前に寄っていく形です。

これは、どちらが良い悪いという話ではありません。ただ、ニュータウンに家を持っている方と、三田駅の徒歩圏に家を持っている方とでは、これから数年で身のまわりに起きることが、かなり違うということです。片方は空白の2年半を過ごし、片方は工事の数年を過ごして、その先に新しい駅前を得ます。

もうひとつ、正直に書いておきます。駅前に約60メートルの住宅棟が建つということは、市内の住宅供給が、そこに一定量まとまって出るということでもあります。人口が減っている街に、新しい住戸が集中して供給される。これが既存住宅の売買にどう影響するかは、竣工が2029年6月ですから、まだ見えません。ただ、頭の隅には置いておいてよい事実だと思います。

市が、二十四億円分の財産を売りに出す

ここまで何度か触れた財政の話を、まとめて書きます。

三田市は、2025年12月に「三田市未来への財政ロードマップ」を策定しました。全体戦略が令和7年度から16年度まで、第1次実行計画が令和7年度から9年度までという構成です。

まず、この計画の作られ方に一つの数字があります。神戸新聞の報道によれば、財政効果は8月の素案段階で約104億円だったものが、最終的に約89億円になりました。15億円ほど縮んでいます。素案から最終案までのあいだに、何かが削られたか、見送られたということです。計画が固まる過程で目標が下がるというのは、それだけ実行の難しさがあったという意味に読めます。

具体策として挙がっているものを並べます。

  • 多世代交流館の廃止
  • 市民センターの機能集約(4.5億円)
  • 放課後児童クラブ13施設の集約
  • 幼稚園2園の統合
  • 市有財産の売却 約24.2億円
  • 移住定住促進 5.7億円

この一覧の中で、住宅を持っている方に関わりが深いのは、下の二つです。

市有財産の売却、約24.2億円。市が持っている土地や建物を売って、24億円あまりを得るという方針です。どの物件を売るかによって話は変わりますが、市域の中に「これから売りに出る土地」がまとまってある、ということでもあります。

そして移住定住促進に5.7億円。片方で施設を減らし財産を売り、片方で人を呼ぶためにお金を使う。この二つが同じ計画の中に並んでいます。矛盾しているわけではありません。縮めるところは縮めて、人を呼ぶところに振り向ける、という設計です。ただ、24.2億円を売って5.7億円を移住促進に使う、というバランスは、この街の現状をよく表しているように思います。

田村市長は、公共施設について「縮充」という言葉を使っています。縮めながら充実させる、という意味合いでしょう。加えて、小中学校再編について「新たな方向性」を明言しています。学校の話は、次の章で改めて書きます。

財政を圧迫している大きな要因として挙げられているのが、新病院の整備費です。これも、次の次の章で詳しく見ます。

整理すると、こうなります。三田市はいま、人口が推計より速く減るなかで、公共施設を減らし、財産を売り、そのうえで新しい病院と新しい学校と駅前再開発を同時に抱えている状態です。どれも必要な事業ですが、同時に来ています。

市内で唯一の公立中核病院が、市の外へ動く

住んでいる方の生活実感として、いちばん大きな変化かもしれません。病院の話です。

三田市民病院と済生会兵庫県病院が、再編統合されます。そして、2026年4月には、2つの病院が済生会として運営を開始しました。統合に向けた実質的な第一歩が、すでに踏まれています。

新しい病院の概要は、次のとおりです。

  • 所在地:神戸市北区長尾町宅原(両院の中間地点)
  • 病床数:425床
  • 概算整備費:約521億円
  • 規模:地上6〜8階、延床面積約41,000平方メートル、免震構造
  • 開院予定:2030年度

ここで、住所を二度読んでください。神戸市北区です。

三田市民病院は、市が持つ公立の中核病院でした。それが済生会兵庫県病院と統合され、新しい病院は神戸市域に立地します。両院の中間地点という選定理由には合理性があります。二つの病院の患者を等しく受け止めるなら、中間が妥当です。しかし結果として、三田市内から公立の中核病院がなくなる、という形になります。

425床という規模は、統合前の2病院を合わせた機能をまとめたものです。免震構造で、延床41,000平方メートル。設備としては、いまより整った病院になるはずです。開院は2030年度ですから、まだ数年あります。

この変化を、どう受け止めるか。ここは意見が分かれるところだと思いますし、私たちが結論を出す話でもありません。ただ、事実として並べておくべき点が三つあります。

ひとつ。整備費は約521億円で、これが三田市の財政を圧迫していると位置づけられています。財政ロードマップで公共施設を減らし財産を売る、という話と、この521億円は無関係ではありません。

ふたつ。市域から中核病院がなくなるということは、通院の経路が変わるということです。市内のどこに住んでいるかによって、この影響の大きさは違います。市の南側にお住まいなら近くなる方もいるでしょうし、北部の農村地域にお住まいなら、遠くなる方が多いはずです。

みっつ。これは高齢化が進む街で起きているということです。市の推計では2040年の高齢化率は36.8%。通院の頻度が増える世代が厚くなっていくタイミングで、中核病院の場所が変わります。

家を持ち続けるかどうかを考えるとき、多くの方が最後に気にされるのが医療です。「歳をとったときに病院に行けるか」。三田の場合、その答えが2030年度に一度変わります。

児童生徒が四十三パーセント減った街で、九十五億円の中学校を建てる

学校の話に移ります。ニュータウンの街としては、いちばん象徴的な数字がここにあります。

三田市が公表している資料によれば、市内の児童生徒数は1998年度に15,515人でした。それが2018年度には8,901人。20年で約43%減っています。

15,515人という数字は、ニュータウンに一斉に入居した世帯の子どもたちです。1981年、1987年、1992年と入ってきた家族の子どもが、90年代後半に学齢期のピークを迎えた。そして、その子どもたちが大人になって街を出ていくと、児童生徒数は半分近くまで落ちます。

これは三田だけの現象ではありません。全国のニュータウンで同じことが起きています。ただ、三田の場合、下がり方が急です。一斉に入って一斉に出ていく街の構造が、そのまま数字に出ています。

市はいま、学校の再編を進めています。具体的に決まっているのが、上野台中学校と八景中学校の統合新設校です。

  • 整備場所:八景中学校区内
  • 概算事業費:約95億円
  • 着工:2028年度
  • 開校:最短で2031年度
  • 特徴:ZEB化(建物の消費エネルギーを大幅に抑える設計)、木材利用

児童生徒が43%減った街で、95億円の中学校を建てる。この二つを並べると矛盾しているように見えますが、そうではありません。数が減ったからこそ、二つを一つにまとめて、まとめた分だけしっかりした建物にするという考え方です。市長が言う「縮充」は、まさにこれを指しています。

ただし、統合される側の地域にとっては、通学の経路が変わるという現実があります。そして市長は、小中学校再編について「新たな方向性」を明言しています。上野台と八景の統合が、最後の一つではないという含みです。これから、どの学校がどうなるかという話が、地区ごとに出てきます。

家の価値という観点からいえば、学区の変更は無視できない要素です。特にニュータウンのように、学区と地区がきれいに重なっている街では、学校の再編は街の骨格そのものに関わります。

一方で、この街の学校には強みもあります。神戸新聞の2021年の報道によれば、全国学力テストで全教科が全国平均を上回った実績があります。教育の質という点で評価されてきた街であることは、事実として書いておきます。

高等教育では、関西学院大学 神戸三田キャンパスがあります。理工学部を再編し、現在は工学部・生命環境学部・建築学部という体制です。大学が市内にあるということは、若い世代が日中この街にいる、ということでもあります。

二〇二七年三月末で、二つのバス路線が消える

交通の話です。ここは、車に乗れるかどうかで、受け止め方が大きく変わる部分だと思います。

神戸新聞の報道によれば、神姫バスが2つの路線を2027年3月末で休止する意向を、三田市に伝えました。

  • 相野駅-大川瀬大滝線(5.9キロ)
  • 三田駅-新三田駅線(10.1キロ)

理由として挙げられているのは、運転士不足と利用の低迷です。この二つは、いまバス事業者が全国で抱えている問題で、三田だけの事情ではありません。ただ、路線が消えるという結果は、その地域に住んでいる方にとっては具体的な生活の変化です。

三田駅-新三田駅線は10.1キロ。市内の主要な二つの駅を結ぶ路線です。これがなくなると、その沿線で暮らしてきた方の移動手段が一つ減ります。相野駅-大川瀬大滝線のほうは、市の北東側の農村地域にかかる路線です。

市は、広野地区と本庄地区でシェア型交通の導入を提案しています。乗り合いの仕組みで、地域の足を維持しようという試みです。バス路線がそのまま復活するわけではありませんが、代替の枠組みを検討している段階、ということになります。

一方で、鉄道のほうには別の動きがあります。神戸新聞によれば、2025年4月のダイヤ改正では、神戸空港・大阪方面の便が増発されました。市外へ出ていく方向の交通は強化されている、ということです。

この二つを並べると、三田の交通の姿がわかります。市外へ出る幹は太くなり、市内をまわる枝は細くなっている。通勤や通学で市外へ出る人にとっては便利になり、市内で暮らしを完結させたい人にとっては不便になる。同じ市の中で、逆の方向に動いています。

そして、これは高齢化と直接つながります。車を運転しているうちは、バス路線の休止は生活に響きません。しかし免許を返納したあと、この差は決定的になります。いま元気に運転している55〜74歳の層が厚い地区ほど、この問題は10年後に一斉に顕在化すると読めます。

市域の三分の二には家が建たない。それでも昼の人口は減らない

ここで、地図では見えにくい話をします。三田の地形です。

三田市の面積は210.32平方キロメートル。兵庫県内でも広いほうです。ところが、そのうち可住地は74.48平方キロメートルしかありません。市域の3分の1ほどしか、人が住める土地がないということです。

市域は東西19.3キロ、南北17.8キロ。神戸市街地から北へ約25キロ、大阪市から北西へ約35キロの位置にあります。三田盆地に市街地があり、北部と東部は500〜700メートル級の山地、南西部は150〜200メートルの盆地平野と段丘台地という構成です。

この地形を頭に入れると、ニュータウンがなぜあの場所にあの形でつくられたのかが見えてきます。平らな土地が限られているので、丘を造成して住宅地にした。「〇〇が丘」という地名が多いのは、そのままの理由です。武庫が丘、弥生が丘、狭間が丘、富士が丘、友が丘、つつじが丘。丘という字が並びます。

丘に住むということは、日常に高低差がある、ということです。駅から家まで、あるいはバス停から家まで、坂を上る。この坂は、40代のときと75歳のときとでは、まったく別のものになります。荷物を持って上る坂、雨の日の坂、雪の日の坂。ニュータウンの高齢化を考えるとき、この身体感覚は数字に出てきませんが、実際にはかなり効いてきます。

気候についても、市の資料が触れています。年平均気温は14度前後、年降水量は1,200〜1,500ミリ。瀬戸内海性気候に属するとされますが、盆地地形のため最低気温が低くなると市自身が記載しています。

この「最低気温が低くなる」という一文は、住んでいる方には実感があるはずです。冬の朝の冷え込みが、同じ兵庫県の南部とは違う。市が公式に書いているのはここまでですので、これ以上の具体的な差については、私たちも断定しません。ただ、住宅の話としては、断熱や暖房、給湯設備の消耗の仕方に、この気候条件が効いてくる可能性はあります。築30年、築40年の住宅を持っている方にとっては、設備の更新周期に関わる話です。

そして、可住地が3分の1しかないという条件は、前に見た「市街化調整区域に囲まれている」という条件と重なります。物理的に平らな土地が少なく、制度的にも家が建てられない。この二重の制約が、三田の住宅供給の輪郭を決めています。

もう一点、この地形と関わる話を添えます。三田は「大阪と神戸のベッドタウン」として語られることが多い街です。実際、その側面は大きい。ただ、数字を見ると、それだけでもありません。

2020年の国勢調査をもとにした昼夜間人口比率は、おおむね95%台とされています。昼間人口が104,676人、夜間人口が109,238人という数字です。これは二次情報を経由した数値ですので、細かい小数点までを根拠にするのは避けますが、おおよその水準としては95%台です。

純粋な住宅都市であれば、この比率はもっと下がります。昼間に働き手が大量に流出する街では、80%台やそれ以下になることも珍しくありません。95%台ということは、市内で働いている人が相当数いるということです。

その受け皿のひとつが、北摂三田テクノパークと北摂三田第二テクノパークです。市が企業誘致を進めてきた産業用地で、ここに立地する事業所が市内の雇用を支えています。前の章で書いたとおり、この街は可住地が限られています。にもかかわらず産業用地を確保しているのは、住むだけの街にしないという判断があったからでしょう。

関西学院大学の神戸三田キャンパスも、昼間人口を支える要素の一つです。学生と教職員が日中この街にいます。

この「95%台」という数字を、住宅の話に接続するとどうなるか。買い手が全員、大阪や神戸への通勤者とは限らないということです。市内やその周辺で働く方が家を探す、という需要が一定量あります。この層にとっては、大阪までの通勤時間よりも、勤務先までの距離や、市内の生活のしやすさのほうが重要になります。

ただし、これも都合よく読みすぎないようにします。95%台という比率は「流出も流入もそれなりにある」ことを示すだけで、市内雇用が今後も維持されるかどうかを保証するものではありません。そして、20代の転出超過が5年で3,917人という数字は、若い世代にとって市内で働く選択肢が十分ではない可能性を示唆しています。両方の数字を、並べて見ておくのが公平だと思います。

市が自ら、「すまいの終活」の窓口をつくった

この記事の中で、私たちがいちばん考えさせられた事実を書きます。

三田市は、2025年12月に、解体工事の会社を紹介する事業者であるクラッソーネと連携協定を結びました。そして、市の空き家対策として次のものを提供しています。

  • 三田市版すまいの終活ナビ(売却査定)
  • 解体費用シミュレーター
  • 無料相談窓口

「すまいの終活」という言葉を、市が使っています。そして、その中身は売却査定と解体費用の試算です。

これは、行政としてはかなり踏み込んだ姿勢です。多くの自治体は、住宅施策というと「住み続けてもらうための支援」を前面に出します。リフォーム補助、耐震改修、定住促進。三田市もそうしたメニューは持っています。移住支援金の制度もありますし、財政ロードマップには移住定住促進5.7億円が計上されています。

そのうえで、売る・壊すという出口も、市が正面から用意している。「住み続けてください」と「そろそろ考えてください」を、同じ役所が両方言っている、ということです。

これをどう読むか。私たちは、誠実な姿勢だと受け止めています。理由は、前に見た数字にあります。65歳以上の単身世帯が住む戸建が1,430戸あり、市自身が「相続や住み替えが進まない限り、近い将来空き家化する可能性が高い」と書いている。その認識を持ちながら「住み続けてください」とだけ言うのは、実態に合いません。

解体費用のシミュレーターを市が用意している、という点も見逃せません。解体費用は、家の処分を考えるときに最も見えにくい数字です。いくらかかるか分からないから、判断を先送りする。その先送りが積み重なった結果が空き家です。市が試算の道具を置いたのは、その入り口を開けるためでしょう。

ここで、一点だけ補足します。売却査定にせよ解体見積もりにせよ、数字を出してみることと、実際に売る・壊すことは別です。査定を取ったから売らなければならない、ということはありません。むしろ、数字を知らないまま「まだ考えなくていい」と判断するほうが、選択肢を狭めます。市が窓口を用意したのは、そういう順番の話だと思います。

ビールを最初に醸した人の街で、いま何が残っているか

数字の話が続きましたので、この街が持っているものについても書いておきます。歴史そのものは姉妹編の記事で扱いますので、ここでは現在の暮らしに関わる部分だけです。

川本幸民という人がいます。三田藩の藩医だった蘭学者で、日本人として初めてビールを醸造したとされる人物です。「日本化学の祖」とも呼ばれます。市が子ども向けのページでも紹介している、この街の誇りの一つです。

三田藩の九鬼家に関わるものとしては、旧九鬼家住宅資料館があり、菩提寺の心月院があります。ニュータウンの街というイメージが強い三田ですが、市街地には城下町の骨格が残っています。1981年に始まった街と、江戸期からの街が、同じ市域の中にあります。

兵庫県立有馬富士公園は、県内最大級の県立公園です。園内には兵庫県立人と自然の博物館があり、市が運営する有馬富士自然学習センター(キッピー山のラボ)も置かれています。県立の博物館と市の学習施設が同じ公園の中にあるという構成は、なかなかありません。子育て世帯にとっては、休日の行き先として大きな存在です。

食では、三田牛と松茸が地域ブランドとして知られています。出荷量などの数字は確認できていませんので触れませんが、地名がそのまま食のブランドになっている街は、そう多くありません。

こうしたものは、人口統計には出てきません。しかし、家を買う人が最後に決め手にするのは、案外こういう部分だったりします。休日に子どもを連れていける公園がある。市内に博物館がある。地名にブランドがある。数字で説明しにくい価値ですが、ないよりはるかにいい。

ただし、これも冷静に見ておきます。有馬富士公園があることは、フラワータウンの核商業が2年半空白になることを埋め合わせません。良いものがある街と、生活の利便が保たれている街は、別の評価軸です。両方を混ぜて語ると、判断を誤ります。

持ち続けるか、手放すか。三田で材料になるもの

ここまで、三田市の現在をひととおり見てきました。最後に、この街の姿が「家を持ち続けるか、手放すか」という判断にどう関わるのかを整理します。結論は出しません。材料を並べるだけです。

ひとつめ。減り方が、推計より速い。2011年9月末に115,061人だった人口は、2026年3月末に105,106人になりました。市の推計では2030年に108,357人でしたから、実績はそれを4年前倒しで下回っています。市自身、財政ロードマップでは2035年3月の推計を95,357人としたうえで「10万人以上」を目標に掲げています。数字を良く見せる理由のない市の資料が、そう書いています。

ふたつめ。ご自宅がどの地区かで、時計の進み方が違います。フラワータウンは1981年、ウッディタウンは1987年、カルチャータウンは1992年の入居開始です。フラワータウンの中でも、武庫が丘は高齢層が厚く、弥生が丘・狭間が丘は55〜74歳が厚く、富士が丘は相対的に若い。ウッディタウンは市内最大の人口を持ちながら50〜60代が集中していて、市の人口ビジョンは今後の急速な高齢化を明記しています。「三田市の相場」という言い方では、ご自宅の状況は説明できません。

みっつめ。新築は増えない。だから中古がすべてです。ニュータウン3地区は2015年に開発完了・ほぼ完売し、周囲は市街化調整区域です。可住地は市域の3分の1しかありません。新しい住宅地が湧いてこない街では、若い世帯が入ってくる経路は、誰かが手放した家に入るという形だけになります。この構造は、中古住宅にとって不利ではありません。ただし、選ばれる理由を中古の側でつくる必要があります。

よっつめ。生活インフラが、いくつか同時に動いています。フローラ88は2025年2月に閉館し、そよら三田の開業は2027年秋。バス2路線は2027年3月末で休止の意向。中核病院は2030年度に神戸市北区へ。上野台中と八景中の統合新設校は最短2031年度開校で、市長は小中学校再編の「新たな方向性」を明言しています。三田駅前Cブロックの竣工は2029年6月。2027年から2031年にかけて、この街の生活の骨格が続けて組み替わります。

いつつめ。市は「出口」も用意しています。市有財産を約24.2億円分売却する方針があり、住民向けには「すまいの終活ナビ」と解体費用シミュレーターが置かれています。市が売る側にも、住民が売る側にも、同じ方向の道具が並んでいる、ということです。

これらを踏まえて、私たちからお伝えしたいことが三つあります。

ご自宅の地区が、いまどの段階にあるかを知っておくこと。高齢化の波は、市内一律には来ません。地区ごとに10年前後ずれています。ご自宅の周りで、この5年に何軒が代替わりしたか、何軒が空いたままか。それは統計より正確な情報です。

2027年前後に何が起きるかを、カレンダーに書き出しておくこと。そよら三田の開業、バス路線の休止、そして駅前再開発の進み方。この3つは、時期が近接しています。街の見え方が短期間で変わる可能性があるということは、家を動かすかどうかのタイミングにも関わります。慌てて動く必要はありませんが、知らないまま過ごすのと知っているのとでは、判断の質が違います。

数字を、判断より先に持っておくこと。市が「すまいの終活ナビ」と解体費用シミュレーターを用意したのは、まさにこの順番のためだと思います。いくらで売れそうか、壊すならいくらかかるか。この二つを知らないまま「まだ考えなくていい」と決めてしまうと、選べる幅が年々狭くなります。特に、名義が複数人にまたがったあとでは、動かせるものも動かせなくなります。

三田は、10年連続で人口増加率日本一だった街です。その事実は消えません。そして同時に、いま推計より速く縮んでいる街でもあります。この二つは、どちらも本当のことです。丘の上に整った住宅地があり、坂があり、閉じた商業施設があり、これから建つ商業施設があり、市外へ移る病院があり、統合される中学校があります。良い面と難しい面が、同じ場所に並んでいます。

家を持ち続けるか手放すかは、街の状況だけで決まるものではありません。ご家族の事情、ご自身の年齢、これからの暮らし方。そちらのほうが、はるかに大きな要素です。ただ、街の状況を正確に知っておくことは、その判断の土台になります。決めるのはご本人です。私たちにできるのは、判断の材料を、都合よく加工せずにお渡しすることだと考えています。

よくある質問

三田市の人口は、これからどのくらい減るのですか。

市が公表している人口ビジョンの将来推計では、2030年に108,357人、2040年に103,286人、2050年に95,743人、2060年に88,152人とされています。高齢化率は2030年で33.4%、2040年で36.8%です。ただし、実際の人口は2026年3月末で105,106人となっており、2030年の推計値をすでに4年前倒しで下回っています。つまり、この推計より減少が速く進んでいるのが現状です。市の財政ロードマップでは、2035年3月時点の推計を95,357人としたうえで「10万人以上」を政策目標に置いています。減少の構造的な要因として市が挙げているのが20代の転出で、2019年までの5年間で3,917人の転出超過、主な行き先は大阪市と神戸市北区でした。

フラワータウンとウッディタウンでは、状況が違うのですか。

かなり違います。入居開始がフラワータウン1981年、ウッディタウン1987年、カルチャータウン1992年と、6年・11年の時差があります。ニュータウンは同じ年代の世帯が一斉に入居する街ですから、この時差がそのまま高齢化の時差になります。フラワータウンの高齢化率は2021年3月で29.0%、2050年には42.1%になると市が予測しています。地区内でも差があり、武庫が丘が最も高齢層の比率が高く、弥生が丘・狭間が丘は55〜74歳が厚く、富士が丘は相対的に若いとされています。ウッディタウンは市内最大の人口を持つ地区で、50〜60代が厚く集中しており、市の人口ビジョンは今後の急速な高齢化を明記しています。「三田市」でひとくくりにできる状況ではありません。

フラワータウンの商業施設は、いつ戻ってくるのですか。

駅直結のフローラ88(1988年6月開業、核テナントはダイエー系のディーランド三田店、のちのイオン三田店)は、2025年2月28日に全館閉館しました。跡地には、イオンリテールが都市型ショッピングセンター「そよら三田」を整備する予定で、開業は2027年秋とされています。所在地は三田市弥生が丘1-1-1、地上3階建て、延床面積約13,500平方メートルです。閉館から開業まで、およそ2年半の空白があります。住民アンケート(8,824世帯に配布、1,765件回答)と説明会(5回、156人参加)では、最大の関心事が「新商業施設の早期開業」でした。市長は令和7年12月の市議会で、遅延が「住民の皆様の資産価値の減少」を招くと述べています。なお、フラワータウン市民センターを新商業施設へ移転する関連予算案は、2025年9月と12月の2度否決されており、12月23日の採決は賛成10・反対11でした。

三田市民病院は、なくなるのですか。

三田市民病院と済生会兵庫県病院が再編統合され、2026年4月には2つの病院が済生会として運営を開始しました。新しい病院は、両院の中間地点である神戸市北区長尾町宅原に整備され、425床、概算整備費は約521億円、地上6〜8階・延床面積約41,000平方メートルの免震構造で、2030年度の開院予定です。設備としては現在より整った病院になりますが、立地は三田市域ではなく神戸市域になります。市内で唯一の公立中核病院が市の外に移る、という形です。また、この整備費が三田市の財政を圧迫している要因の一つとされており、2025年12月に策定された「三田市未来への財政ロードマップ」の背景にもなっています。

三田市には、空き家や住まいについての相談窓口がありますか。

あります。市は2025年12月にクラッソーネと連携協定を結び、「三田市版すまいの終活ナビ(売却査定)」「解体費用シミュレーター」「無料相談窓口」を提供しています。売却査定と解体費用の試算という、住まいの出口にあたる部分を市が正面から用意しているのが特徴です。あわせて、移住支援金の制度や、市街化調整区域における自己用住宅建築の新しい許可基準も運用されています。市の空き家調査(2022年6〜10月)では市内の空き家は全1,026戸で、内訳は農村地域714戸、ニュータウン228戸、既成市街地84戸。空き家率は2018年時点で9.6%と、全国13.6%・兵庫県13.4%より低い水準です。ただし市の資料には、65歳以上の単身世帯が住む戸建が1,430戸あり、「相続や住み替えが進まない限り近い将来空き家化する可能性が高い」と記載されています。

この記事で参照した資料

※本記事は上記の公表資料および報道に基づいて構成しています。裏付けの確認できなかった事項については、あえて記載していません。


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