宝塚市の4分の3には、家が建てられない

宝塚市の面積は101.89平方キロメートルです。そのうち、市街化調整区域——原則として新しく家を建てられない区域——が7,584ヘクタール、市域の74.4%を占めています。市街化区域は2,605ヘクタール、25.6%しかありません。
「宝塚」と言われて多くの人が思い浮かべる大劇場も、今津線沿線の山手の住宅地も、あの四分の一のなかに収まっています。残りの四分の三は、山と農地と、二千五百人ほどが暮らす北部です。
そしてその市が、いま「このままだと10年間で63億円の赤字」と公表し、行財政改革を進めています。高齢者のバス・タクシー運賃助成は、令和7年度末(2026年3月末)で廃止されます。坂の多い街で、足の助成が消える。この記事では、そういう落差を含めて、宝塚市のいまの姿を書いてみます。長くなりますが、この街に長く住んでこられた方ほど、思い当たる箇所があるはずです。
市域の四分の三は、家を建てられない区域です
最初に、この街の骨格を数字で押さえておきます。ここを曖昧にすると、あとの話がすべてぼやけるからです。
宝塚市が公表しているプロフィールによれば、市域は面積101.89平方キロメートル、東西12.8キロメートル、南北21.1キロメートル。東西より南北のほうが、ほぼ倍近く長い形をしています。西には六甲山系、北には長尾山系。そのあいだを、武庫川が流れています。山に挟まれ、川が真ん中を通る。それがこの街の地形の要約です。
市が公表している区域区分(2016年3月29日の第7回定期見直し)では、市街化区域2,605ヘクタール(25.6%)、市街化調整区域7,584ヘクタール(74.4%)となっています。市街化区域というのは、街を積極的につくっていく区域です。市街化調整区域は、その逆で、市街化を抑える区域。原則として新しく建物を建てることができません。
この比率は、住んでいる人の実感とずれます。日々の生活で目に入るのは、駅前の商業施設と、山手に並ぶ住宅と、武庫川沿いの道です。それらはすべて、市街化区域の側にあります。市域の四分の三は、多くの市民が日常的には足を踏み入れない場所です。
けれども、この四分の三は、この街の性格を決めています。緑が多いのも、山が近いのも、開発が一定の範囲で止まっているのも、ここに理由があります。「宝塚は緑が多くて景観がいい」という評判の裏側には、市域の大半が建てられない区域だ、という制度の事実が横たわっています。
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南北二十一キロの細長い形は、七十年前の三月に決まった
なぜこんなに南北に長いのか。答えは、市ができたときの経緯にあります。
1954年、宝塚町と良元村が合併して市制が敷かれました。ここまでなら、まだ南部のまとまった街です。翌1955年3月10日に長尾村、続く3月14日に西谷村が編入されます。わずか四日違いで、二つの村が加わりました。西谷村は北部の広い山間地です。この編入で、市域は一気に北へ伸びました。
そして同じ年の4月、旧長尾村の一部——荻野・荒牧・鴻池・大野新田——が伊丹市へ分市されています。加わったすぐあとに、一部が別の市へ移った。この足し引きの結果として、いまの南北21.1キロ、東西12.8キロという形が確定しました。
つまり、宝塚市の輪郭は、自然の地形が決めたものでも、都市計画が引いたものでもありません。1955年の春に、半月ほどのあいだに起きた編入と分市が決めたものです。地図の形に理屈を探しても、あまり出てきません。歴史の偶然が、そのまま線になっています。
この形が、いまの市政に効いています。南部の市街地と、北部の西谷では、距離が遠すぎるのです。同じ市役所が、同じ制度で、性格のまるで違う二つの区域を面倒みなければならない。バスの路線ひとつ、ごみの収集ひとつ、学校ひとつをとっても、南部の常識が北部では通用しません。後半で西谷の話を書きますが、あの地区の課題の多くは、この1955年の形に根があります。
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10秒LINE査定 → 今いくら?がすぐわかる二十年で三倍になった街が、いまは密度が下がる前提で計画を組んでいる
次に人口です。この街の人口の歴史は、かなり劇的です。
1955年から1975年までの20年間で、宝塚市の人口は3倍になり、16万人を超えました。毎年およそ5,000人の社会増——つまり転入が転出を上回る増加——が続き、当時は「人口急増都市」と呼ばれていました。
毎年5,000人というのは、小さな町がひとつずつ増えていくような規模です。学校が足りず、水道が足りず、道路が足りない。急増都市という呼び名は、褒め言葉ではありません。街が追いつかないことを指した言葉です。いま山手に並んでいる住宅地の多くは、この20年間に生まれました。
そして現在です。市がまとめた立地適正化計画の概要では、居住誘導区域の人口密度が、2015年基準の81.3人/ヘクタールから73.5人/ヘクタールへ低下するという前提で計画が組まれています。
ここは、静かですが重要な数字です。居住誘導区域というのは、これから先も人に住み続けてもらいたい、と市が定めた区域のことです。街の中でも、いちばん密度を保ちたい場所。その場所ですら、密度が下がる前提で計画が書かれている。
行政計画は、たいてい前向きな言葉で書かれます。そのなかで、人口密度の低下をあらかじめ織り込んだ数字が置かれているのは、市が現実的に見積もっている証拠だと読めます。20年で3倍になった街が、いまは薄まっていく前提で先を考えている。この落差が、いまの宝塚市の出発点です。
女性が男性より、一万九千人多い
市が公表している推計人口を見ていきます。2026年8月1日現在で218,796人。内訳は男性99,670人、女性119,126人。世帯数は98,066世帯です。
この内訳に、目が止まります。女性が男性より約1万9千人多い。率にすると8.9%多い計算です。男女比が数パーセント違う自治体は珍しくありませんが、9%近い差は目を引きます。
この差がなぜ生まれているのか、その要因を私たちは確認できていません。ですから、ここでは理由を推測しません。宝塚市の人口は、女性のほうが約1万9千人多い。その事実だけを置いておきます。市内には女子教育の歴史を持つ学校がいくつかありますし、劇団のある街でもありますが、それらとこの数字を短絡的に結びつけるのは、統計の扱いとして乱暴です。
もう一組、別の統計もあります。住民基本台帳(2026年7月末)では225,825人。推計人口とは集計の方法が違うため、数字がずれます。この住基のほうで年齢構成が公表されていて、0〜14歳が11.6%、15〜64歳が58.9%、65歳以上が29.5%となっています。
65歳以上が3割に近い。そして15歳未満は1割強。この構成は、いまの日本の都市部としては特別に高齢化が進んでいるわけではありませんが、決して若い街ではありません。1955年から1975年に大量に転入してきた世代が、そのまま歳を重ねて、いまの65歳以上を構成しています。急増都市は、時間が経てば、そのまま高齢化する街になります。
逆瀬川は、宝塚南口の二倍以上の人が乗り降りしている
ここから、街の内側の話に入ります。まず、鉄道の駅ごとの数字を並べます。この街の生活圏がどこにあるかは、この表がいちばん正直に語っています。
阪急電鉄が公表している2025年通年平均の駅別乗降人員です。
| 駅 | 乗降人員(人/日) |
|---|---|
| 宝塚 | 38,862 |
| 仁川 | 22,328 |
| 逆瀬川 | 21,397 |
| 小林 | 13,032 |
| 宝塚南口 | 9,917 |
| 中山観音 | 9,353 |
| 雲雀丘花屋敷 | 8,920 |
| 売布神社 | 7,322 |
| 清荒神 | 7,124 |
※阪急電鉄「駅別乗降人員」2025年通年平均。
まず、宝塚駅の38,862人が突出しています。市内で最大です。ここは阪急宝塚線と今津線が交わり、大劇場の最寄りでもあります。この数字は納得しやすいと思います。
意外なのはその次です。仁川が22,328人、逆瀬川が21,397人。一方で宝塚南口は9,917人。つまり逆瀬川は、宝塚南口の2倍以上の人が乗り降りしています。
宝塚南口は、名前に「宝塚」がついていて、大劇場にも近い駅です。イメージのうえでは今津線の主役に見えます。しかし数字はそう言っていません。今津線沿線で日常的に人が集まっているのは、南口ではなく逆瀬川のほうです。
これは数字からの読みですが、理由として考えられるのは、逆瀬川が山手からのバスが集まる場所になっていることです。今津線の西側には斜面の住宅地が広がっています。そこから駅へ出るには、多くの場合バスを使うことになります。そのバスが集まる駅が生活の拠点になる——という構造は、坂のある街ではよく見られる形です。ただし、これはあくまで数字と地形からの推測であって、市が公式にそう説明しているわけではありません。
もうひとつ、小林の13,032人も注目に値します。宝塚南口より3,000人以上多い。今津線の駅としては、宝塚駅・仁川・逆瀬川に次ぐ四番目の規模です。駅前の見た目の大きさと、実際に人が動いている量は、必ずしも一致しません。この表は、そのずれを教えてくれます。
参道の駅が三つ並ぶ、宝塚線の側
同じ表を、今度は宝塚線の側から読みます。
中山観音9,353人、売布神社7,322人、清荒神7,124人。この三駅は、いずれも寺社の名前がついています。参道が駅から伸びていて、そこに商店が並ぶ。数字としては1万人を切りますが、これらの駅の周辺は、通勤の駅とは違う時間の流れ方をしています。
清荒神の参道を上ったことがある方はご存じのとおり、あの道はかなりの勾配です。売布神社も、中山観音も、駅から北へ向かえばすぐに山にぶつかります。宝塚線は、六甲山系と長尾山系のあいだの平地の縁を、東西に走っています。線路の北側が山、南側が武庫川に向かって下る低地。この非対称は、歩けばすぐに分かります。
そして雲雀丘花屋敷が8,920人。市の東端に近く、川西市との境に接した地区です。ここには雲雀丘学園があります。同じ宝塚市内でありながら、雲雀丘の生活圏と、逆瀬川の生活圏と、西谷の生活圏は、ほとんど重なりません。買い物に行く場所も、通う病院も、乗る路線も違います。
市は「商業地から大阪・神戸へ電車で約30分」と説明しています。宝塚市が住宅地として選ばれてきた理由の中核は、この一言に尽きます。二つの大都市に、どちらにも同じくらいの距離で出られる。関西でこの位置を占められる街は、そう多くありません。
ただし、その「約30分」は、駅に着いてからの話です。山手の家から駅までに、坂とバスが挟まります。この記事のあとの章で扱うのは、まさにその部分です。
武庫川をはさむと、街の性格が変わる。そして川は、上流の水を運んでくる
宝塚市を歩くときの、いちばん実用的な地図の読み方を書いておきます。武庫川を境に、東と西を分けて考えることです。
武庫川は市の中心を流れています。宝塚駅の周辺で、川はかなりの幅を持っています。この川の西側には、今津線が南北に走り、その西にさらに斜面の住宅地が広がっています。逆瀬川、小林、仁川といった駅は、この西側の系列です。
東側は、宝塚線に沿った帯です。清荒神、売布神社、中山観音、そして雲雀丘花屋敷。こちらは東西方向の流れで、川西市や伊丹市との関係が近くなります。
川ひとつで生活圏が分かれる、というのは、橋の数が限られているからです。川を渡る手間があると、人はなかなか渡りません。同じ市民でも、武庫川の反対側の商店街に行ったことがない、という方は珍しくないはずです。
そしてこの川は、単なる境界線ではありません。武庫川は兵庫県が管理する二級河川で、兵庫県の資料によれば流域面積は約500平方キロメートル。本川と45の支川を合わせた流路延長は約260キロメートルにのぼります。流域にある市町は、篠山、三田、神戸市北区、宝塚、西宮、伊丹、尼崎、そして大阪府能勢町です。
この一覧を見ると、武庫川という川の性格が分かります。宝塚市の武庫川は、上流の広い流域が集めた水が通過していく場所です。市内で降った雨だけの話ではありません。三田や篠山、能勢のあたりで降った雨も、最終的にここを通ります。川沿いにお住まいの方が、市外の天気を気にされるのには理由があります。
武庫川に注ぐ支流の話も書いておきます。逆瀬川です。
この川の上流には、赤木正雄が1934年頃に手がけた砂防設備があります。この設備は、2019年に土木学会選奨土木遺産に選定されました。90年前の構造物が、いまも評価され、いまも機能している、ということです。
なぜ砂防が必要だったのか。逆瀬川は急流で、上流からの土砂の流動が著しく、砂防に長い年月を要したと記録されています。六甲山系の花崗岩の斜面から、川が土砂を運んでくる。それを止めるために、何十年もかけて設備が積み重ねられてきました。
この事実は、逆瀬川という地名を持つ地区に住んでいる方にとって、実感と結びつくはずです。坂が急だということは、水が速いということです。雨のあとに川の音が変わる。上流で工事が続いている。そういう景色の背景には、90年前から続く砂防の歴史があります。
ここで、混同されやすい話をひとつ整理しておきます。1995年の阪神・淡路大震災のときに大きな地すべりが起きた仁川百合野町は、西宮市です。宝塚市内には仁川という駅がありますが、あの災害の現場は市境の向こう側でした。地名が近いために混同されることがありますので、正確に区別しておきます。
あの震災で、この街では百十九人が亡くなった
震災の記録を、市が公表している数字で置いておきます。長く住んでこられた方にとっては、説明の必要のない話だと思います。それでも、数字として残しておく意味はあると考えます。
宝塚市の公式記録によれば、阪神・淡路大震災の被害は、死者119人、負傷者2,201人(重傷393人、軽傷1,808人)。建物は全壊3,559棟・5,541世帯、半壊9,313棟・14,819世帯。
避難者は1月18日にピークの15,945人に達しました。避難所65か所は、5月21日まで運営されています。震災から四か月以上、避難所が開いていたことになります。復興本部が設置されたのは1995年2月1日でした。
全壊と半壊を合わせると、12,000棟を超えます。当時の市の世帯数から考えれば、相当な割合の家が壊れました。いま市内に建っている住宅の一定量は、この震災のあとに建て直されたものです。逆に言えば、震災を経ても建て替えられずに残っている家は、それだけの年数を重ねています。
持ち家の話をするうえで、この記憶は避けて通れません。この街の住宅は、一度大きく壊れた経験を持っています。そして次の章で書くように、市はいま、土地の造成そのものに新しい規制の網をかけたところです。
二〇二五年四月から、市の全域が「宅地造成等工事規制区域」になりました
この章は、擁壁のある土地をお持ちの方に、いちばん実務的に効く話です。少し丁寧に書きます。
2025年4月1日から、宝塚市では盛土規制法の運用が始まりました。これにともない、市の全域が「宅地造成等工事規制区域」に指定されています。それまでの旧「宅地造成工事規制区域」は2025年3月31日で終了し、区域が市全体に拡大されました。
何が変わったのか。ポイントは二つあります。
ひとつめは、区域が広がったこと。従来の宅地造成工事規制区域は、市内の一部を対象としていました。斜面地の造成が行われる場所を指定して、そこに規制をかける形です。これが、市域全体に広がりました。つまり、これまで規制区域の外だった土地も、いまは規制区域の中にあります。
ふたつめは、対象が広がったこと。旧制度は基本的に宅地の造成を対象としていました。新しい制度は、宅地・森林・農地を問わない包括規制に移行しています。用途が何であれ、危険な盛土や切土は規制の対象になる、という考え方です。
この変更が、いま家を持っている方に直接影響することは、通常はありません。すでに建っている家に、さかのぼって何かを求められる制度ではないからです。
影響が出るのは、土地に手を入れるときです。具体的には、こういう場面です。
- 擁壁が古くなったので、つくり直したい
- 庭を平らにするために、土を盛りたい、あるいは削りたい
- 家を建て替えるにあたって、敷地の造成をやり直す
- 土地を分割して売却するにあたり、造成が必要になる
こうした工事が、これまで規制区域の外だった場所でも、許可の対象になりうる、ということです。斜面の住宅地が多い宝塚市では、擁壁を持っている土地は珍しくありません。擁壁のある土地は、売買のときにも、建て替えのときにも、必ず論点になります。その論点に、2025年4月から新しい制度が重なりました。
もう少し踏み込んで書きます。擁壁というのは、目に見えるコンクリートの壁の部分だけの話ではありません。いつ、誰が、どういう基準でつくったものなのかという記録が、あるかないかで扱いが変わります。古い造成地では、その記録が残っていないことがあります。分譲されたのが50年以上前であれば、なおさらです。
ですから、擁壁のある土地をお持ちの方には、次のことをお勧めしています。売る売らないを決める前に、その擁壁がどういう位置づけのものかを確認しておくこと。市の担当窓口に相談すれば、その土地に関する記録の有無や、工事をする場合に許可が必要かどうかの目安を教えてもらえます。
この確認は、早いほど有利です。買い手が現れてから調べ始めると、時間がかかり、交渉のなかで不利に働くことがあります。制度が変わった直後のいまは、確認しておくのにちょうどいい時期だと言えます。
開発から五十五年たった二百二十ヘクタールを、企業が買い取った
ここから、坂の上の住宅地の話に入ります。この記事の中心になる部分です。
中山台ニュータウン。1970年に開発・分譲された、総面積約220ヘクタールの住宅地です。220ヘクタールというのは、宝塚市の市街化区域2,605ヘクタールの、およそ12分の1にあたります。ひとつの住宅地としては、かなりの規模です。
2025年7月23日、市とパナソニック ホームズから、この地区の再生事業が発表されました。市が公表した資料には、課題がはっきり書かれています。
ひとつは少子高齢化。ひとつは「開発から50年以上が経過し、空き家の発生や、住宅・施設の老朽化が進行」していること。そしてもうひとつが、坂道が多く、高齢者の移動が困難であることです。
三つめの課題を、市が正面から文書に書いている点に注目してください。坂道が多いので高齢者が動きにくい。これは、住んでいる方にとっては当たり前の実感ですが、行政の公式文書に書かれることは、そう多くありません。市はこの地区の課題を、地形の問題として認識しています。
事業の枠組みはこうなっています。パナソニック ホームズが、クラレが所有していたニュータウン内の全施設・用地31,265平方メートルを購入しました。契約は2025年6月30日。そして2025年8月にリニューアルへ着手しています。
そのあとのスケジュールも公表されています。2026年3月末に「中山台エリアプラットフォーム(仮称)」を設立。2028年3月末以降にエリアマネジメント組織へ移行、という段取りです。
この事業の形を、少し解説しておきます。企業が住宅地の中の施設と土地をまとめて買い、そこを起点に地区全体の再生を進めるという枠組みです。行政が主導して区画整理をするのでもなく、個々の家が建て替わるのを待つのでもない。まとまった面積を持った民間の主体が、地区の運営に関わり続ける形をとろうとしています。
「エリアマネジメント組織」というのは、その地区の維持管理や活性化を、継続的に担う組織のことです。2028年3月末以降というスケジュールが示されているのは、この事業が数年で終わるものではなく、長く続く仕組みをつくろうとしているからだと読めます。
坂の上に家を持つということが、変わりはじめている
中山台の話を、もう少し一般化します。宝塚市の山手の住宅地には、共通する条件があるからです。
1955年から1975年の20年間、この街には毎年5,000人が転入してきました。その人たちが住む場所として、斜面が開かれました。中山台の1970年という分譲開始は、まさにその真ん中です。
斜面を宅地にするには、造成が要ります。土を削り、盛り、擁壁で支える。段々に区画を切って、家を建てる。眺望がよく、日当たりがよく、緑が近い。当時としては、これ以上ない住宅地でした。
それから半世紀が経ちました。変わったのは、土地でも家でもなく、住む人の年齢です。市が中山台の課題として「坂道が多く、高齢者の移動が困難」と書いたのは、そういうことです。30代で買った人が、80代になった。同じ坂が、まったく別の意味を持ちはじめています。
ここに、建物の老朽化が重なります。市の資料の「開発から50年以上が経過し、空き家の発生や、住宅・施設の老朽化が進行」という一文は、住宅だけを指していません。施設という言葉が入っています。地区のなかにある店舗や集会施設、そういうものも同時に古くなっている。パナソニック ホームズが購入したのが、クラレ所有の全施設・用地だったのは、この文脈に対応しています。
斜面の住宅地というのは、家が古くなるだけでなく、地区そのものが同時に古くなるという特徴があります。同じ年に一斉に分譲されるからです。入居も一斉、子育ても一斉、そして高齢化も一斉に来ます。ひとつの家が空き家になるのではなく、隣も向かいも同じ時期に空きはじめる。
中山台の再生事業は、その構造に手を入れようとしています。うまくいくかどうかは、これからの話です。ただ、市が課題を公表し、企業がまとまった面積を取得し、期限を切った工程表が出ている——ここまで揃っている斜面住宅地は、多くありません。この地区に家をお持ちの方にとっては、今後数年の動きを見ておく価値があると思います。
坂の街で、足の助成が消える
ここで、市の財政の話をします。前の章と並べて読んでいただきたい内容です。
宝塚市は、「このままだと10年間で63億円の赤字」という見通しを明示したうえで、行財政改革を進めています。市長が市民との対話集会を重ねていることは、神戸新聞でも2025年11月に報じられました。
そして、具体的な見直しの内容が公表されています。順に挙げます。
高齢者バス・タクシー運賃助成の廃止。令和7年度末、つまり2026年3月末で終了します。
市役所の開庁時間短縮。1月5日から実施されています。
使用料・手数料の改定。
身体障害4級の医療費助成の廃止。令和8年(2026年)6月末で終了します。
これらのうち、この記事の文脈でいちばん重いのは、最初の一つです。坂の多い街で、高齢者の移動を支えていた助成が、なくなります。
ここは、煽らずに書きます。助成の廃止は、市が財政の見通しを示したうえで決めたことです。63億円という数字を出して、何かを削らなければならないという判断をした。その判断の是非を、私たちがここで論評する立場にはありません。
ただ、事実として、二つのことが同じ時期に起きています。市が中山台の課題として「坂道が多く、高齢者の移動が困難」と書いた2025年7月。そして高齢者バス・タクシー運賃助成が終わる2026年3月末。八か月の間隔です。
この二つは、行政の中では別の話です。片方はまちづくりの部署の事業で、片方は財政の見直しです。けれども、山手に住んでいる高齢の方の生活のなかでは、同じ一つの現実として現れます。坂を歩くのがつらくなってきた時期に、バスとタクシーの助成がなくなる。
もうひとつ、子育て世帯に関わる見直しも公表されています。令和8年度の子育て・教育助成見直しの案として、学童保育料を2027年4月から月12,000円へ、こども医療費に年齢区分あたり最大400円の一部負担を導入する内容が示されています。ただし、中学卒業までという対象範囲は維持されます。
この見直しは、持ち家をお持ちの50代60代の方にとっても、無関係ではありません。その街に若い世帯が入ってくるかどうかは、住宅の需要に直結するからです。近隣の市と比べて子育ての負担が重くなれば、家を探す世帯の選択に影響します。逆に、対象範囲が維持されている点は、市が線をどこで引いたかを示しています。
文化施設にも及んでいます。手塚治虫記念館は1994年4月25日の開館以来、この街の顔のひとつでした。入館料は大人700円ですが、2027年3月1日から900円になります。あわせて、市内在住60歳以上は無料という要件も、2027年から65歳以上へ引き上げられます。
200円の値上げと、無料になる年齢が5歳上がること。金額としては小さな話です。しかし、市がどこまで見直しの対象にしているかを示す事例としては、分かりやすいと思います。
足の話を、もう少し続けます。助成の廃止と同じ年に、運賃そのものも動くからです。
2026年9月1日から、阪急バスと阪神バスが大阪・兵庫エリアで運賃を改定します。宝塚市内でバスを使っている方には、直接効く変更です。
時期を並べると、こうなります。2026年3月末に高齢者のバス・タクシー運賃助成が終わり、その半年後の9月にバス運賃が改定される。山手の住宅地からバスで駅に出ている世帯にとっては、同じ年に二回、条件が変わることになります。
市内には、路線バス以外の交通もあります。仁川と売布のコミュニティ循環バス、そして北部でのデマンド型交通の実証です。デマンド型交通というのは、決まった時刻表で走るのではなく、予約に応じて運行する形の交通のことです。利用者が少ない地域で、路線バスを維持できないときに検討される方式です。
北部でこれが実証されているという事実自体が、あの地区の状況を語っています。人口の少ない広い区域で、定時定路線のバスを維持するのは難しい。だから別の方式を試している。これは全国の中山間地域で共通して起きていることですが、政令市に囲まれた阪神間の市の中で、同じ問題を抱えている区域があるというのが、宝塚市の特徴です。
坂と、バスと、助成。この三つは、宝塚市で家を持ち続けるかどうかを考えるときに、避けて通れない組み合わせになりつつあります。
アピアは、ひとつの建物ではなく六棟の集まりです
逆瀬川の駅前にあるアピアについて書きます。この施設の構造を知っておくと、この街の商業の成り立ちが分かります。
アピアは、1986年から88年にかけて段階的に開業した、6棟からなる再開発複合施設です。一度に完成したのではなく、順に開いていきました。
建物の構成は、低層が商業、高層が集合住宅という形です。住宅の部分には、シティライフ逆瀬川1・2、シティハイツ逆瀬川という名前がついています。つまり、この施設は買い物に行く場所であると同時に、人が住んでいる建物でもあります。
そして、ここが実務的に重要な点です。棟ごとに運営会社が異なり、駐車場も別々です。さらに、アピアきたは他の棟と接続していません。外から見ると一体の商業施設に見えますが、中身は独立した複数の建物の集まりです。
利用する側から見ると、この構造は少し分かりにくく感じられるかもしれません。駐車場が棟ごとに違うので、どこに停めるかで動線が変わります。長く使っている方は、自然と自分の使い方が決まっているはずです。
不動産の観点から言えば、この構造は管理の主体が分かれていることを意味します。大規模な複合施設で、住宅と商業が同居し、しかも運営が棟ごとに独立している。こうした建物の住宅部分を売買するときは、その棟の管理状況を個別に見る必要があります。同じ「アピアの住戸」でも、棟が違えば条件が違うということです。
2018年には全館リニューアルが行われました。核となる店舗はコープこうべです。逆瀬川が今津線沿線でいちばん乗降人員の多い駅のひとつであることと、この駅前に大きな商業機能があることは、当然つながっています。山手から下りてきて、駅前で買い物をして、電車に乗る。あるいは買い物だけして帰る。この動線が、逆瀬川という駅の21,397人という数字を支えているのだと思います。
病院は、動かないことに決まった
市立病院の話です。長く住んでいる方にとっては、気になり続けてきた話題だと思います。
2024年12月、市立病院は統合せず、現在地で建て替えることが決まりました。統合するという選択肢もあったなかで、いまの場所に建て替える方針が選ばれています。
その後の動きも公表されています。2026年5月に設計施工分離方式が確認され、2026年7月には基本計画(案)についての市民説明会が開かれました。設計施工分離方式というのは、設計する会社と工事をする会社を別々に選ぶやり方のことです。
この計画には、注目すべき経緯があります。市民からの多額の寄付が「大きな状況変化」となり、計画を拡充したと市は説明しています。
行政の計画が、市民の寄付によって内容を広げる、というのは珍しいことです。財政の見直しで助成を削っている同じ市が、病院の計画については寄付を受けて拡充している。この二つは矛盾しているように見えるかもしれませんが、お金の出どころが違います。一般財源を削る一方で、特定の目的に寄せられた資金は、その目的に使われる。
病院が現在地に残る、という決定は、周辺にお住まいの方には大きな意味があります。大きな病院が近くにあるかどうかは、高齢になってからの住まいの条件として、順位が上がっていく要素だからです。移転せず建て替える、という結論は、その意味では周辺の住環境を維持する方向に働きます。
逆に言えば、この決定によって、市内の別の場所に新しい病院ができる可能性は、当面なくなりました。医療機関へのアクセスという条件は、いまの配置のまま続く前提で考えることになります。
市域の三分の二に、二千五百人が暮らしている
北部の西谷地区の話です。この記事の最初に書いた「市域の四分の三が市街化調整区域」という数字の、実態がここにあります。
西谷地区は、市域の約3分の2を占めています。それに対して、人口は2,507人(2018年)。市全体の人口が20万人を超えることを考えると、面積と人口の比が極端です。
高齢化率は43.2%。同じ時点の市全体は26.71%ですから、大きく上回っています。市民の4人に1人が65歳以上という市のなかに、10人に4人を超える地区がある。
人口のピークは、1955年の合併時の約5,800人でした。あの年、西谷村が宝塚市に編入されたときが、いちばん人が多かったということです。市全体が20年で3倍になっていったのと、まったく逆の動きをしています。同じ市の中で、南は3倍になり、北は半分以下になった——これが70年間に起きたことです。
そして西谷地区は全域が市街化調整区域です。原則として、新しく家を建てることができません。人が減っている地区で、新しい家が建てられない。この組み合わせは、地区の維持にとって厳しい条件です。
市と地元は、この状況に対して手を打っています。まちづくり協議会がプロジェクトチームを設置し、移住情報サイト「宝塚にしたにSMOCCA」で空き家のマッチングを行っています。新築が難しいのであれば、いまある空き家に人に入ってもらう。制度の制約のなかで取りうる、現実的な方法です。
南部の市街地に住んでいる方にとって、西谷は遠い場所かもしれません。しかし、この地区は宝塚市の面積の3分の2です。市の緑も、農地も、景観も、ここが支えています。そして市の行政サービスは、この広い区域にも届けなければなりません。冒頭で書いた63億円という財政の話は、この地理条件と無関係ではありません。
植木の産地であることと、劇場があることと、年間八百七十七万人
宝塚市の産業の話を、ひとつ書いておきます。
山本地区は、日本三大植木産地のひとつとされています。これは観光の宣伝文句ではなく、産業としての実態を指した位置づけです。
そして、この産業は行事として続いています。宝塚植木まつりは昭和46年(1971年)に始まり、第145回が2026年10月9日から12日、山本新池公園で開催されます。1971年から数えて145回ですから、年に複数回開かれてきた計算になります。
植木の産地であるということは、土地の使われ方に表れます。畑があり、樹木が植わっていて、そこが宅地ではない。市街化調整区域が広いことと、植木産業が続いていることは、地図の上ではつながっています。
山本のあたりを歩いたことがある方は、住宅地と圃場が隣り合っている景色をご存じだと思います。あれが、この街の緑の一部を実際に生産している場所です。「宝塚は緑が多い」という評価の中身には、山の緑だけでなく、産業としての緑も含まれています。
観光の面では、市への観光入込客は年間約877万人とされています。人口20万人規模の市としては、大きな数字です。大劇場、記念館、寺社の参道、植木まつり。これらが積み上がって、この規模になっています。
そして、宝塚という地名が全国に知られている理由は、言うまでもありません。
阪急宝塚駅の乗降人員は1日38,862人で、市内最大です。この数字には、通勤通学だけでなく、劇場に向かう人の流れも含まれています。街の中心の駅が、観客の玄関口でもある。そういう構造の街は、日本にそう多くありません。
宝塚歌劇団については、事実をひとつ記しておきます。2024年3月28日、劇団は宙組劇団員の逝去に関してご遺族と合意書を締結し、再発防止策を公表しました。この件について、ここでそれ以上のことを書くつもりはありません。
学校の話も添えます。小林聖心女子学院は、1927年竣工の校舎が登録有形文化財になっています。100年近く前の校舎が、いまも使われながら文化財として登録されている。学校の建物が文化財になっている街は、そう多くありません。雲雀丘学園も、市内にある私学です。
劇場があり、記念館があり、歴史のある私学がある。そして山手には斜面の住宅地が広がっている。宝塚市が「文化的な高級住宅地」というイメージを持たれてきたのには、こうした具体的な背景があります。そのイメージは間違いではありません。ただ、それは市街化区域25.6%の側の話であり、財政見直しが進行中の市の話でもあります。イメージと現実は、どちらも本当のことです。
同じ宝塚市でも、家の条件はここまで違う
ここまでの話を、地区ごとに整理しておきます。ご自身の家がどこに当てはまるか、探しながら読んでいただければと思います。
今津線の山手(逆瀬川・小林・仁川の西側)。斜面の住宅地です。眺望と緑があり、駅までバスという世帯が多い区域。逆瀬川の駅前にはアピアがあり、生活は駅で完結します。ただし、坂と、擁壁と、バスの運賃と、助成の廃止が、同じ場所に重なります。造成された土地であれば、盛土規制法の対象区域の中にあります。
中山台。1970年分譲の約220ヘクタール。市が課題を公表し、再生事業が動き出した区域です。空き家と老朽化が進行しているという市の記述は、そのまま受け止める必要があります。一方で、企業がまとまった面積を取得し、期限を切った工程表が出ている点は、他の斜面住宅地にはない条件です。
宝塚駅・宝塚南口の周辺。市内最大の乗降人員を持つ駅と、その南側。大劇場、記念館、武庫川。文化施設が集まる区域です。ただし、宝塚南口の乗降人員は9,917人で、逆瀬川の半分以下です。イメージほど日常の人の流れが太い区域ではない、と数字は言っています。
宝塚線沿線(清荒神・売布神社・中山観音)。参道の街です。各駅とも乗降人員は7,000人台から9,000人台。線路の北はすぐ山、南は武庫川に向かって下る地形です。
雲雀丘花屋敷。市の東端。川西市と接し、生活圏が市外とつながる区域です。市内の他の地区との行き来は、それほど多くありません。
西谷(北部)。市域の約3分の2、人口2,507人、高齢化率43.2%。全域が市街化調整区域で、新築は原則できません。デマンド型交通の実証が行われ、空き家マッチングが進められている区域です。
この六つを並べると、同じ「宝塚市の戸建て」という言葉が、いかに幅の広い言葉かが分かると思います。坂の有無、擁壁の有無、駅までの手段、区域区分。この四つが違えば、家の条件はまったく別物になります。
持ち続けるか、手放すか。この街で材料になるもの
最後に、ここまで見てきた宝塚市の姿が、「家を持ち続けるか、手放すか」という判断にどう関わるのかを整理します。答えは出しません。材料を並べるだけです。
ひとつめ。この街の住宅地の多くは、同じ時期に一斉につくられました。1955年から1975年の20年で人口が3倍になり、その受け皿として斜面が開かれています。中山台の分譲開始は1970年。一斉に入居した街は、一斉に高齢化し、一斉に建物が古くなります。ご自宅の周辺で空き家が増えはじめているとしたら、それは偶然ではなく、街の成り立ちに由来する現象です。
ふたつめ。市は、密度が下がる前提で計画を立てています。立地適正化計画では、居住誘導区域の人口密度が2015年基準の81.3人/ヘクタールから73.5人/ヘクタールへ低下する前提が置かれています。いちばん人に住んでほしい区域ですら、そう見込まれている。この見通しは、住宅の需要を考えるうえでの土台になります。
みっつめ。移動を支える条件が、この一、二年で変わります。高齢者のバス・タクシー運賃助成は2026年3月末で廃止。バス運賃は2026年9月1日から改定。坂の上に家がある世帯にとっては、駅までのコストと手間が、これまでとは違う水準になります。いま元気に坂を上れる方でも、十年後の条件として考えておく価値はあります。
よっつめ。土地に手を入れるときのルールが変わりました。2025年4月1日から市の全域が「宅地造成等工事規制区域」になり、宅地・森林・農地を問わない包括規制へ移行しています。擁壁のつくり直し、造成のやり直し、土地の分割。こうした場面で、これまで区域外だった土地も対象になりました。擁壁のある土地をお持ちなら、これは知っておくべき変更です。
いつつめ。市街化調整区域が74.4%という制度の枠は、当面変わりません。この枠があるかぎり、宝塚市に新しい住宅地が大量に生まれることはありません。既存の住宅ストックが、次の世代に引き継がれるかどうかが、街の姿を決めます。西谷の空き家マッチングも、中山台の再生事業も、その文脈にある取り組みです。
むっつめ。動いている計画もあります。市立病院は現在地で建て替えることが決まり、市民の寄付を受けて計画が拡充されました。中山台では企業が31,265平方メートルを取得し、2028年3月末以降のエリアマネジメント組織化を目指す工程が示されています。すべてが縮小方向というわけではありません。
これらを踏まえて、私たちがお勧めしたいことを三つ書きます。
擁壁と造成の記録を、先に確認しておくこと。売る売らないを決める前で構いません。ご自宅の土地に擁壁があるなら、それがいつ、どういう基準でつくられたものかを調べておく。制度が変わった直後のいまは、確認するのにちょうどいい時期です。買い手が現れてから調べ始めると、時間の余裕がないまま交渉に入ることになります。
駅までの手段が、十年後にどうなるかを考えておくこと。いまは車で、あるいは歩いて坂を下りているとして、それが十年続くかどうか。バスの助成が終わり、運賃が改定されるという事実は、その計算に入れておいたほうがよい材料です。家そのものより、家までの道のほうが先に負担になることは、坂のある街ではよく起こります。
ご自宅がどの地区の論理で評価されるのかを、知っておくこと。今津線の山手と、宝塚線沿線と、西谷では、家を見る目がまったく違います。乗降人員21,397人の逆瀬川と、9,917人の宝塚南口では、駅前の商業の厚みが違います。全域が市街化調整区域の西谷では、そもそも建てられるかどうかが最初の論点になります。「宝塚市の相場」という一つの数字で語れるほど、この街は均質ではありません。
宝塚市は、華やかなイメージを持たれてきた街です。そのイメージは事実に基づいています。劇場があり、記念館があり、90年前の校舎が文化財として残り、年間約877万人が訪れます。同時に、市は10年間で63億円の赤字という見通しを示し、助成を見直し、市域の3分の2にあたる北部では人口が合併時の半分以下になっています。この二つは、どちらも同じ街の姿です。片方だけを見て判断すると、たぶん見誤ります。
家を持ち続けるか手放すかは、街の状況だけで決まるものではありません。ご家族の事情、ご自身の年齢、これからの暮らし方。そちらのほうが、はるかに大きな要素です。ただ、街の状況を正確に知っておくことは、その判断の土台になります。決めるのはご本人です。私たちにできるのは、判断の材料を、都合よく加工せずにお渡しすることだと考えています。
よくある質問
宝塚市の人口は、いまどうなっていますか。
市が公表している推計人口では、2026年8月1日現在で218,796人(男性99,670人、女性119,126人)、98,066世帯です。女性が男性より約1万9千人、率にして8.9%多いのが特徴ですが、その要因については確認できていないため、ここでは事実として置くにとどめます。住民基本台帳(2026年7月末)では225,825人で、年齢構成は0〜14歳が11.6%、15〜64歳が58.9%、65歳以上が29.5%です。歴史的には1955年から1975年の20年で人口が3倍になり16万人を超え、毎年約5,000人の社会増が続いて「人口急増都市」と呼ばれていました。現在の市の立地適正化計画は、居住誘導区域の人口密度が2015年基準の81.3人/ヘクタールから73.5人/ヘクタールへ低下する前提で組まれています。
市域の74.4%が市街化調整区域というのは、どういう意味ですか。
市街化調整区域とは、市街化を抑える区域のことで、原則として新しく建物を建てることができません。市が公表している区域区分(2016年3月29日の第7回定期見直し)では、宝塚市の市街化区域は2,605ヘクタール(25.6%)、市街化調整区域は7,584ヘクタール(74.4%)です。この比率が生まれた背景には、1955年3月に長尾村と西谷村を編入し、市域が北へ大きく伸びた経緯があります。北部の西谷地区は市域の約3分の2を占め、全域が市街化調整区域です。そのため、この地区では新築ではなく既存の空き家を活用する形で移住を進める取り組みが行われています。
2025年4月から始まった盛土規制法で、何が変わったのですか。
2025年4月1日から宝塚市で盛土規制法の運用が始まり、市の全域が「宅地造成等工事規制区域」に指定されました。それまでの旧「宅地造成工事規制区域」は2025年3月31日で終了し、区域が市全体に拡大しています。変わった点は二つで、ひとつは対象区域が市の一部から全域に広がったこと、もうひとつは対象が宅地だけでなく森林・農地も含む包括的な規制に移行したことです。すでに建っている家に、さかのぼって何かを求める制度ではありません。影響が出るのは、擁壁のつくり直し、庭の盛土や切土、建て替えにともなう造成のやり直し、土地の分割にともなう造成といった、土地に手を入れる場面です。斜面の住宅地が多い宝塚市では擁壁のある土地が珍しくありませんので、工事や売却を考える前に、市の担当窓口でその土地の記録や許可の要否を確認しておくことをお勧めします。
高齢者のバス・タクシー助成が廃止されると聞きました。ほかにも見直しはありますか。
あります。宝塚市は「このままだと10年間で63億円の赤字」という見通しを示し、行財政改革を進めています。高齢者のバス・タクシー運賃助成は令和7年度末(2026年3月末)で廃止されます。ほかに、市役所の開庁時間短縮(1月5日から)、使用料・手数料の改定、身体障害4級の医療費助成の令和8年(2026年)6月末での廃止が公表されています。令和8年度の子育て・教育助成の見直し案としては、学童保育料を2027年4月から月12,000円とすること、こども医療費に年齢区分あたり最大400円の一部負担を導入することが示されていますが、中学卒業までという対象範囲は維持されます。手塚治虫記念館の入館料も、2027年3月1日から大人700円が900円になり、市内在住者が無料になる年齢要件も60歳以上から65歳以上へ引き上げられます。なお、阪急バス・阪神バスは2026年9月1日から大阪・兵庫エリアで運賃を改定します。
中山台ニュータウンで始まった再生事業は、どういう内容ですか。
2025年7月23日に発表された官民連携の事業です。中山台ニュータウンは1970年に開発・分譲された総面積約220ヘクタールの住宅地で、市は課題として、少子高齢化、「開発から50年以上が経過し、空き家の発生や、住宅・施設の老朽化が進行」していること、坂道が多く高齢者の移動が困難であることを明記しています。パナソニック ホームズが、クラレが所有していたニュータウン内の全施設・用地31,265平方メートルを購入し(契約は2025年6月30日)、2025年8月にリニューアルへ着手しました。今後の工程として、2026年3月末に「中山台エリアプラットフォーム(仮称)」を設立し、2028年3月末以降にエリアマネジメント組織へ移行することが示されています。数年で終わる事業ではなく、地区の運営を継続的に担う仕組みをつくろうとしている点が特徴です。
この記事で参照した資料
- 宝塚市|人口・世帯数(推計人口・住民基本台帳)
- 宝塚市|市の紹介(位置・面積・地勢)
- 宝塚市|区域区分(市街化区域・市街化調整区域)
- 宝塚市|立地適正化計画 概要版
- 宝塚市|盛土規制法に基づく宅地造成等工事規制区域の指定
- 宝塚市|中山台ニュータウン再生事業に関する資料
- パナソニック ホームズ|中山台ニュータウンの再生に関するニュースリリース(2025年7月23日)
- 宝塚市|行財政改革の取り組みと見直し内容
- 宝塚市|令和8年度の子育て・教育に係る助成等の見直し(案)
- 神戸新聞|宝塚市長の対話集会(2025年11月)
- 阪急電鉄|駅別乗降人員
- 宝塚市|バス交通・コミュニティ交通に関する情報
- 宝塚市|市立病院の建替えに関する検討状況
- 宝塚市|西谷地区の移住・定住の取り組み(宝塚にしたにSMOCCA)
- 宝塚歌劇団|2024年3月28日 お知らせ
- 宝塚市|宝塚植木まつり
- 宝塚市立手塚治虫記念館|利用案内・入館料
- 宝塚市|市内の文化財(小林聖心女子学院校舎ほか)
- 宝塚市|阪神・淡路大震災の被害状況と復興の記録
- 兵庫県|武庫川水系の概要
※本記事は上記の公表資料および報道に基づいて構成しています。裏付けの確認できなかった事項については、あえて記載していません。
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